小説

2015年3月14日 (土)

小説  緊褌巻 (中村淳一)

   緊褌巻(改訂版)

                              1

 僕は自分のことを割りとハンサムだと思っている。もっとも他人からそう言われたことはない。しかし、鏡に自分の顔を映して、顎をひいて、ちょっと上目遣いに鏡を見ると、そこにはなかなかに魅力的な男性がいるのだ。
 中学時代は女の子と付き合ったことはない。別に何もしなくても女の子の方から「付き合って下さい」と交際を申し込まれるだろうと思っていたのだが、そういうことは起こらなかった。クラスに好きな女の子もいたのだが、自分の方から申し込むと、付き合っている間や、将来結婚した時、精神的に優位に立てなくなるので、何も行動は起こさなかったら、そのうちにその女の子は、他の男の子と付き合い始めた。その子とは、きっと将来結婚することになるだろうという予感があったのだが。可愛い子だったけれど仕方がない。高校も別になった。まあ今後、一発逆転ということにならないとも限らない。いや、きっとそうなるだろう。

 今日は高校の入学式。新しい生活が始まるその第一歩だ。中学の時に比べれば女の子も大人になっているわけだし、きっと僕の魅力にも気がついてくれるだろう。たしかにある程度の年齢が加わらないと僕の良さというのは分からないかもしれない。

 僕が通うことになったのは、自宅から南に三分も歩けば着いてしまう県立高校だ。子供の頃からずっと「高校生になったらあそこに行くのだろうなあ」という目で見ていたが、やっぱりそうなった。道路を隔てた隣は僕が卒業した小学校である。

 入学式が始まろうとしている。校庭は新入生であふれている。
 突然、僕の視野が形づくる映像の、距離にして約十メートル先の一点が光った。思わず目を閉じた。そうして呼吸をととのえ、気持ちを落ち着けた。ゆっくりと目を開き、その光に目を凝らした。そこに信じられないほどの美少女がいた。髪はややウェーブのかかったセミロング。やや面長で、切れ長の目。鼻は・・・・・・いやいやこれではそこらにころがっている普通の美少女だ。ぴったりの形容詞が思いつかない。ただ、この場所にいるのだから新入生であることは間違いないのだろうけれど、年齢よりは大人っぽい。だから美少女というよりは、美人と形容したほうが良いのかもしれない。
 しばらくじっと見つめていると、美少女(年齢を重んじて、やっぱりこう表現しておく)の視線が僕のほうに動いた。一瞬視線が交差した。僕はスッと目をそらした。そらしてすぐに後悔した。
 「しまった。数秒間じっと彼女を見つめて、それから僕の最高の笑顔を送るのだった」おそるおそる彼女の方を見やったが、彼女の視線はもう別の方角に向けられていた。
 その時、僕はまわりにいる男子生徒が目と視線の角度は様々でも、ほとんどみんな彼女の方を見ているのに気付いた。
 「なあ、すごく綺麗な子がいるな」
くぐもった声が僕の後ろから聞こえてきた。僕の聴覚はそちらに総動員だ。
 「彼女だよ。杉野和美」
 「ああ例の、本当にすごく綺麗だなあ」
 杉野和美。その名前は僕にも聞き覚えがあった。僕の通っていた中学から数キロ北にある中学。そこにものすごく綺麗な子がいるという噂は聞いたことがある。去年、同じクラスの男子が何人か連れ立って「美少女鑑賞ツアー」と称して見に行ったりもしているはずだ。ツアー挙行後、しばらく騒いでいた。芸能界からもスカウトが随分足繁く通ってきているという話も聞いたような気がする。それほど評判になる美少女とはどんな子なのか。僕も興味があったが、偶然ではない出会いというのは僕の趣味ではない。身近に好きな女の子がいたこともあり、いつしか忘れていた。しかし、今日の出会いは全く意図したものではない。そういえば、さっきの掲示板に貼り出されていたクラス分けの名前の一覧表。僕は一年二組だったけれど、その中にたしか彼女の名前もあった。杉野和美という名前に、脳の片隅がチョコンと動いたのを覚えている。もっとも中学からずっと同じクラスで、一番仲が良い堀内とまた同じクラスになっていたので、そっちの方に気がとられていた。そうか、あれがあれだったのか。これは運命だ。運命の出会いだ。出会いは偶然でも、ふたりが結ばれるのは必然だ。彼女は数年後には島田和美になるのだ。おや、スギノカズミにシマダテツヤ。どちらも同じ六音じゃないか。どちらの姓もSで始まっているではないか。

 一年二組の教室に入った。やっぱり杉野和美と同じクラスだ。しかし、こうなると堀内と同じクラスというのは、むしろ厄介だ。彼はなかなか、いやとてもカッコイイ。頭も良いし、スポーツもよくできる。いつもクラスの女の子に一番人気があった。
 座席は出席番号順とのこと。ひとつひとつの席は独立しているが、一番右の列に男子が一番から並び、右から二番目の列に女子が一番から並ぶ。そして男子と女子の列が交互に並ぶとのこと。とすると、シとス。これは左隣になるのかと思ったが、ひとつずれた。彼女は僕の左後ろの席になった。彼女の隣に座っている男子の姓は高山。タよりシの方がスに近いじゃないか。君はタ行じゃないか。でも、その高山君というのは、三十歳くらいに見える小父さん顔だ。これなら大丈夫。それにしても、先月までは数キロ離れていたふたりの距離が今は二メートル弱。このペースならゼロになるのもすぐだ。
 
 担任の先生が前に立っている。ずいぶん若い。これで大学を卒業しているのか。高校を卒業したばかりといっても通用しそうだ。でもニコニコとしていて感じは良い。
 自己紹介によれば、今春大学を卒業したばかり。受け持ちの教科は歴史。市内の別の高校が母校だそうだ。
 名前は上本寿。
 先生が出欠を取り始めた。
 「石倉隆さん」「ハイ」
 「井上雅幸さん」「フアイ」
 女子生徒ならともかく、男子生徒をさんづけで呼ぶ先生には初めてお目にかかった。
 ・・・・・・
 「島田哲也さん」「ハイ」
 ・・・・・・
 「堀内慎一さん」「ハイ」
 ・・・・・・
 杉野和美の「ハイ」の声は高すぎも低すぎもせず、静かで、澄んだ声だった。
 「それでは一人ずつ自己紹介をお願いします。座席順にしましょうか」
 じっくりと自己PRに励む人もいれば、あっさりとすませる人もいたが、男子はみんな杉野和美を意識している気がした。先生は一人が終わるたびに、その内容について軽くコメントしたり、質問をしたりしていた。相変わらずニコニコとした顔で。それを繰り返しているうちに教室の中は和やかな雰囲気につつまれた。時折、笑いも起きた。
 いよいよ僕の番だ。あっさりいこう。
 「島田哲也です。覚文田中学出身です。趣味は読書と・・・・・・」
 ちょっと言いよどむ。どうしようか。やっぱりやめておこう。
 「以上です」
 「島田哲也さんですよね」
 「はい」
 「このお名前から想像するに、とても相撲が好きなのではないかと思うのですが、どうでしょう」
 何で分かるのだ。今まさにそのことを言おうか言うまいか迷った末に言うのをやめたのだ。僕はこの先生に会ったことがあっただろうか。僕が誕生してからこれまでの人生を超高速で再現してみた。その中の登場人物には・・・・・・どう考えても上本先生はいない。じゃあ何で・・・・・・僕は色々と思い巡らせたけれど分からない。
 「はい、好きです」
 「誰のファンなのですか」
 「北の湖です」
 「あ、やっぱり。でもそれはなかなか渋いですね」
 「先生も相撲が好きなのですか」
 「ええ、大好きですよ」
 「誰が好きなのですか」
 「もう六年前に引退していますけれど、北の富士が好きでした。その関係で九重部屋の力士を応援しているので今は千代の富士ですね」
 千代の富士か。二十歳で入幕してきた時は、将来は大関になるかと思ったこともあったが、二十四歳になった今も幕内と十両を往復している。関脇どまりだろうが、四股が綺麗で、精悍な力士だ。それにしてもこの先生、結構面食いだ。
 「相撲は見るだけですか。取る方はどうです」
 「好きです。小学生の時も中学生の時も誰彼構わず取っていました。でもなかなか相手をしてくれる人がいなくて。あ、あそこに座っている堀内はよく取ってくれましたけれど」
 堀内が真面目な顔をして、右手を小さく振っている。お前、その振り方だと皇室アルバムだぞ。
 「島田さんと堀内さんはお友達でしたか。堀内さんも相撲を取ることはやぶさかではないと。きちんと廻しを締めて取ったこともあるのですか」
 「いえ、それはありません。大抵、休み時間に制服のままで取っていました」
 「じゃあ、ベルト通しがよく切れたでしょう」
 「そうですね。みんなベルトだけをひっぱるのでよく切られました」
 「あれはズボンごと持たないとダメなのですよね」
 そう、その通りだ。僕は切られることはあっても切ったことはない。この先生、よく分かっている。
 「あの、先生は相撲を取っていたのですか」
 「ええ、大学生の時にね。ちゃんと廻しを締めて取っていましたよ」
 「ええー」という何人かの女子の悲鳴が上がった。先生は今の発言で、きっと来年の二月十四日にもらえるはずだったチョコレートの数を何割か減らしてしまっただろう。もしかしたら限りなくゼロに近くなったのかもしれない。黙っていたらそこそこのルックスではあるし、何せ若いから結構ファンもついただろうに。でも、それって何だかとても悲しい。
 「もっともこの体ですし、本格的に相撲部に入っていたわけではありません。同好会に入っていました。相撲部の稽古が終わったあと、土俵を使わせてもらっていたのです。稽古も自由参加でした」
 先生の身長は百七十五センチ。体重は六十二、三キロといったところだろうか。

 そうか、上本先生は相撲が好きなのか。それも生半可ではないレベルで。嬉しい。
 「読書の方は、どういうジャンルが好きなのですか」
 「色々です」
 本当は歴史小説が一番好きなのだが、先生の受け持ち教科であることだし、相撲の話で長い時間喋ったので、これ以上はやめておこうと思って、言わなかった。

 杉野和美の番が来た。彼女が軽やかに立ち上がった。よし、これでじっくりと見ることが出来る。まだしみじみと拝見させていただいていない。
 彼女が先生の方を見ていたずらっぽい表情で笑った。先生もニヤッとした。今までの生徒の時とは笑顔の種類が違う。二人は知り合いなのか。もしかして恋人同士なのか。七歳違いということになるが、先生は実際の年齢より下に見えるし、杉野和美はその逆だし、並んだとしても外見上は違和感は無い。それどころか、杉野和美のほうが年上に見えるかもしれない。男子が緊張している空気が感じられる。
 「杉野和美です。瓦林中学出身です。趣味は読書と・・・・・・」
 一拍おいた。
 「それから私もお相撲が趣味です。朝汐さんのファンです」
 何ともいえないどよめきが沸いた。
 男子の羨ましそうな視線が僕に集中する。いやあ、君達。庶民諸君。悪いね。申し訳ないね。それにしても、ああ、それにしても。何ということだ。僕は、僕は・・・・・・失神しそうだ。
 だけど気になるのは先生だ。
 「あのう、先生と杉野さんは知り合いなんですか」
 どこかからか、男子の質問の声があがった。よく訊いてくれました。
 「ううむ、どうせそのうちに分かってしまうでしょうから言っておきましょうか。親戚なんです」
 親戚か。でもどの程度の関係の親戚なんだろう。
 「僕は六人兄弟の末っ子でしてね。一番上の姉とは十三歳年齢が離れているのですが、彼女はその一番上の姉の娘なのです」
 叔父と姪か。それ素晴らしい。たしか従兄妹同士だと結婚できるが、叔父と姪は結婚できないはずだ。
 結局、最初の一時間目は自己紹介だけで終わった。

 休み時間になった。
 杉野和美は左後ろの席に座っている。共通の話題があるわけだし、ここは話しかけるべきなのだろう。しかし胸がドキドキしてしまって、とても口から声が出そうにない。
 「あのう、島田さん」
 彼女の声だ。向こうから話しかけてきてくれた。彼女も同級生の男子に対してさんづけで呼ぶのか。何て謙虚な一族だ。
 「は、はい」
 声がうわずっている。
 「よく、『国技』の投稿欄に載っていらっしゃいますね」
 いらっしゃいますね、ときてしまったか。となると、会話は最高級の丁寧レベルでいかないといけないか。
 「国技」というのは月刊の相撲専門誌だ。そうか、彼女は専門誌を読むほどに相撲が好きなのか。
 「はい、三回掲載されました」
 「あの投稿欄は名前の他に住所と年齢も載っていますよね。同じ市内に、同じ年齢で、とても相撲に詳しい人がいらっしゃるんだなあって思っていたのですよ」
 杉野和美は僕の名前を前から知っていたのか。何ということだ。
 えっと。僕の喋る番だ。彼女の瞳が僕を見つめている。瞼は一重。色は白い。
 「あの、朝汐のファンなんですか」
 「ええ、私、どちらかというとアンコ型のお相撲さんが好きなのです。いかにもお相撲さんという感じで、見ているだけでしあわせな気持ちになるのです」
 僕らの会話を聞いていた高山君が心なしか微笑んだような気がした。このお兄さんは八十キロは優にありそうだ。一般人にしてみれば、立派にアンコ型だ。顔は朝汐に・・・似ているぞ。
 「和美は前から『島田さんという人に会ってみたい』って言っていたものね」
 僕の左隣に座っている女の子が会話に加わってきた。隣の子は杉野和美の友達だったのか。結構可愛い顔をしている。杉野和美を見る前だったら惚れていたかもしれない。名前は・・・・・・覚えていない。
 ところで、今、何と言ったのだったっけ。僕の耳にそよ風のようにフワリと飛び込んだきた音波が頭の中に入ってきて脳細胞に浸透した。音波がようやく言葉としての意味をもった。僕はあがってしまった。さっきまでは運命の出会いだとか勝手にほざいていたけれど、ここまでうまくいってしまうものなのだろうか。こんなに出来過ぎた話があるだろうか。
 「あ、じゃ、じゃ、じゃあ」
 どもるな。
 「き、期待はずれだったでしょう」
 僕は、自分自身を割りとハンサムだと思っていると前に書いた。しかし、それは客観的に証明されたものではないし、主観的に言っても彼女に釣り合うほどの美少年とまで自惚れることはできない。
 「いえ、何となくこんな感じの人かなというイメージはあったのですけれど、イメージどおりでした」
 「どんなイメージだったのですか」
 彼女はニコッと笑ったが、何も答えなかった。これ以上こういう話を続けると心臓が破れる。話題を変えよう。でも相撲以外のことは思い浮かばない。
 「何でそんなに相撲が好きになったのですか」
 言った途端に気付いた。
 「あ、上本先生の影響ですね」
 「そうなんです。叔父は近所に住んでいましたし、小さい時からとても可愛がってくれたのです。色々とお相撲のことを教えてくれました。だから、物心がついたときには、もうお相撲が好きになっていました」
 「相撲でいえばいつ頃ですか」
 「最初に記憶にあるのは大鵬さんが横綱でした。柏戸さんが引退した時のこともうっすらと覚えているのです。叔父が『これで大鵬がたったひとりの横綱になっちゃった』と言っていたのが記憶に残っているのです。大関は北の富士さん、玉の海さん、琴桜さん、清国さんの四人でした。そのあとしばらくして北の富士さんと玉の海さんのふたりが一緒に横綱になったのですよね」
 「今、一ヶ所間違いましたよ」
 「え」
 杉野和美は、一体、どこを間違ったのかと、じっと考え込んでいる。その表情がまたたまらなく良い。
 「あ、分かりました。玉の海さんの大関時代の四股名は玉乃島でしたね。島田さん、やっぱりすごい」
すごいのは君だ。この子は一体。僕は心底驚いた。僕も幼稚園に通っていた頃から相撲は見ていたけれど、柏戸の現役時代のことなど知らないぞ。今、指摘したのは本で得た知識だ。そうか、僕は三月生まれだから、きっと僕より一年近く早く生まれているのに違いあるまい。
 「杉野さんの誕生日は四月か五月でしょう」
 どうだ、僕の推理はすごいだろう。
 「いいえ、三月です。三月六日」
 「あ・・・・・・、僕より十六日だけお姉さんなのですね」
 「島田さんも三月なのですか」
 「はいそうです」
 会話が途切れた。なにか話さなきゃ。
 「『国技』はですね」
 彼女が話し始めてくれた。
 「叔父がずっと買っているのです。私は普段は叔父の買ったものを読ませてもらっていたのです。最初に投稿欄で島田さんに気づいたのも叔父だったのですよ。この学校に赴任することが決まったときも叔父は『あの投稿欄に載っていた子も住んでいる場所から考えて、僕が行くことになった高校に入学してくるのではないかな』と言って楽しみにしていたのですよ」
 なるほど、さっきの自己紹介の時のことにやっと合点がいった。

 しばらく前から堀内がこちらの方をチラチラと見ている(堀内の席は教室の隅に近い列だ。ホならもう少し僕らの席に近くてもよさそうだが、このクラスの男子生徒はタ行とナ行がやたらに多い)。会話に混ぜてほしいのだ。でも彼は自称硬派で、女の子には関心がない、というポーズを中学時代にとり続けてきたから、自分の方から来る事は、プライドが許さないのだろう。とりあえず今は待て。あとで呼んでやる。
 それにしても、高校の休み時間というのはこんなに長いのだろうか。五分くらい前に二時間目が始まるチャイムが鳴ったような気がしたけれど、二時間目も引き続きホームルームだけれど、上本先生はまだ来ない。
 「和美。今日は随分おしゃべりね。いつもはおとなしいのに」
 僕の隣の女の子が二度目の割り込みだ。
 「うん、これまで叔父のほかにこんなにお相撲の話が出来る人はいなかったから嬉しくて」
 僕も嬉しいよう。僕だっていなかったのだよう。親戚にもいなかった。堀内がたまに相手になってくれたけれど、それほど詳しいわけではなかった。こんなに綺麗な子とこんな話が出来るなんて。僕は、僕は何てシアワセな奴なのだ。ああ「国技」よ。親に、「勉強もしないで」と叱られながら、何度も何度も繰り返し読み続けたあの日々よ。友達に嫌われながらも「相撲取って、相撲取ってよう」といやがる相手を無理矢理に抱え込んで右四つに組んで言ったあの日々よ。むくわれた。僕の十五年間は最高の形でむくわれた。
 「あの、島田さん」
 「はい」
 「叔父はこの学校にお相撲のサークルを創ろうと思っているのです。協力して下さいませんか」
 「はい、喜んで」
 僕は一呼吸おいて、頭を下げながら低音で続けた。
 「謹んでお受け致します」
 新横綱、新大関が誕生する時に、相撲協会の決定を伝える使者に対する、昇進力士の口上を真似たわけだけれど、杉野和美には当然通じた。
 「ワーイ」
 彼女が手を叩いて笑ってくれた。何て素晴らしい笑顔なのだ。
 「あ、あとで堀内さんも紹介して下さいね」
 ドキッとした。堀内が真っ直ぐにこちらを向いた。顔がパッと輝いている。お前、その距離で今の言葉がよく聴こえたな。
 「だって、堀内さんもお相撲を取られるのでしょう」
 堀内が立ち上がった。こちらに向かってくる。スリ足ではなく、スキップで。堀内よ。ついに来るのか。
 その時、教室の扉がガラっと開いた。
 「いやあ、ごめん、ごめん。教室が分からなくて迷子になっちゃった」
 上本先生が入ってきた。
 「ああ、疲れた」
 先生は教卓に両手をついて下を向き、肩を上下させている。もしここに水と柄杓があれば、稽古場で後輩力士が、胸を貸してくれた先輩に感謝の意を込めてするように、先生に水をつけてあげるのだが。
 おっと、堀内はどうした。彼の方を見ると、もうこちらに背中を向けて、自分の席に戻るところだった。まるで花道を引き揚げる力士のように、その後姿が寂しげだった。

(続きは http://hagurohebi6.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-7879.html )

2012年6月 4日 (月)

中村淳一さんの小説を掲載します。前半です。

 

 小説「金の玉」について: 作者より

 

 

  本作品は、本年4月にほぼ書き上げたものですが、このたび管理人さんのご厚意で

 

当ブログにご掲載いただけることとなりました(前半、後半の二回に分けて掲載の予定とお聞きしています)。

 

 ご拝読いただければ、嬉しいです。

 

 

 作品の途中(後半の冒頭となる予定です)に、当該作品世界での番付、幕内力士42人の四股名が列挙されている箇所がありますが、この中のいくつかの四股名が、

 

 元々、作者が、主人公と、その他の主要キャラクターに付けようと思っていた四股名でした。

 

 が、これらの四股名はいささか人工的過ぎて、キャラクターが思うように動いてくれませんでした。

 

 そこで、主要キャラクターの四股名については、私が大学時代に所属していた相撲同好会(創設者は、当ブログの管理人さん)で、一緒に相撲を取っていたメンバーの四股名に変更しました。

 と、同時に彼らのイメージを使って、キャラクターを造形させていただきました。

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金の玉

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、母を慕って枕を涙でぬらすことはやめよう。

 

 美しく生きたいと思った。一度きりの人生である。おのれの選んだ道に、自らの精神と肉体の全てを捧げて、その道のはるか高みに到達する。

 

 そんな生き方をしたいと征士郎は思った。十一歳のときである。

 

 

 

 中学を卒業してすぐに角界に飛び込んだ里井は、入門して二年目の夏、三段目の力士だったときに、弘子と知り合った。弘子は相撲が好きな一ファンだったが、国技館に観戦に行く日は朝早くから入場して地位が下の力士の取組から見るのが常だった。

 

その弘子から声をかけられたことが、ふたりが付き合うきっかけだった。里井のほうは、女の子に対してはシャイで、自分から話しかけることなどそれまでしたことがなかった。声をかけられたときはどきまぎしたが、弘子は、派手目の、充分に美人とよべる顔立ちをしていたから、そんな女性から声をかけられたことは嬉しかった。年齢は弘子がふたつ上だった。

 

国技館にしばしば現れていた弘子の姿に注目していた若い力士は少ない数ではなかったので、ふたりの交際が周知のこととなると、里井は多くの同輩の力士からやっかまれたし、そのことにより先輩力士からのいじめに近いような荒稽古も何度か受けた。

 

 

 

弘子は性格も明るく、彼女との付き合いは、もともとは大人しい性格だった里井の力士生活にとっても、よい影響を与えた。彼女に上手く引き立てられ、早く強くなりたいという里井の気持ちに拍車がかかった。

 

里井は、上背は、力士として平均レベルであったが、体重は、まだ体の出来上がっていない若い力士の中でも軽量の部類であった。が、柔らかい足腰をはじめ、肉体的な素質に恵まれ、大人しい分、素直な性格でもあったから、十九歳で関取になった。

 

給与を得られる身分となった里井は、すぐに弘子と結婚することになった。

 

弘子が、それを当然と思っているのは明白だったし、里井にも、それを断る積極的な理由はなかった。

 

 

 

取的(幕下以下の力士のことをこう称する)時代の里井の四股名は、本名に山をつけただけの「里井山」だった。

 

関取になり、あらためて四股名をつけることになったが、その四股名は弘子が考えた。

 

里井が所属していた瀬戸内部屋の瀬戸内親方は、四股名に対しては鷹揚で、部屋の力士の四股名に特に決まったルールはなかった。力士本人、親や恩師、後援者が名付けることが多かったのである。

 

 

 

「又造君の四股名、これに決めましょう。」

 

里井の名前は、又造という。一世紀か二世紀前なら、この国でも結構ポピュラーな名前だったのかもしれないが、今では、相当に珍しい名前であろう。

 

弘子が四股名を書いた紙を又造に見せた。

 

又造は、その四股名をしばし見つめた。

 

又造が、言葉を発するまで約二十秒かかった。

 

「冗談だよね」

 

弘子がにっこりと笑う。

 

「ううん、冗談ではありません」

 

その紙には「金の玉又造」と書かれていた。

 

それが弘子の考えた四股名だった。

 

「ね。面白いでしょ。又造君、人気でるわよ」と弘子が言う。

 

そうか、これがこのひとの笑いのセンスか。あざとすぎるではないか。

 

結婚するのは、やめたほうがよいかもしれない。

 

と、又造は思った。

 

しかし、取りやめた場合、どれほどの困難が待っているかを思うと、又造から、それを言い出せるわけがない。

 

ふと、思いついたことがあった。

 

「ねえ、もしかして、僕に声をかけたのは、この名前のせい」

 

「そうだよ」

 

弘子はあっさりと言った。

 

「お相撲さんとお友達になりたいな、とずっと思っていたら、相撲の専門雑誌で、あなたの本名が又造だと知ったの。こんな素敵な名前の人がいたなんて。そう思って胸がときめいたの」

 

そうだったのか。それにしても自分のこの名前に、胸をときめかす人がいるとは。想像したこともなかった。

 

「それで本人を見たら、これがまあ、なかなかハンサムじゃない。この人に決めた、って思った。付き合い始めてからも、又造君、素直だし、優しいし、有望力士だし、すっかり気に入ったのよ。声をかけてよかった、と思っているの」

 

 

 

四股名については、結局、押し切られた。

 

弘子が決めたことで、又造が断ったことは、これまでの付き合いの中でもなかった。

 

 

 

親方が許さないだろう。

 

又造は、そこに望みをかけた。

 

だが、瀬戸内親方は

 

「ふうん、いいんじゃないの」

 

とあっさり認めた。

 

協会が受理しないだろう。

 

又造は、最後の望みをかけた。

 

却下されなかった。

 

 

 

 弘子が言う通り、たしかに金の玉又造は、十両力士としては、異例の人気を得た。

 

 

 

 相撲ファンは、この四股名は、当然受け狙いであり、力士として三枚目路線で生きていくことの決意表明と受け取った。なかなかの二枚目なのに、勿体ない。なぜ、自らそっちの道を選ぶのだろう。まあ、そういう性格なんだな、と受け取られた。

 

 だが、力士金の玉又造はマスコミに対して、いいとこを売る(「冗談を言う」の相撲界での隠語)わけでもなく、その土俵態度は極めてストイックなものだった。

 

 四股名のイメージから世間が期待するような態度は、まるで取らなかった。マスコミやファンは、あてがはずれた思いだった。

 

 「金の玉」という四股名は、一般的に連想されることではなく、多分、何かもっと深い意味があったのだろうと推測した。

 

 登場時の衝撃が収まると、「金の玉又造」は、特に珍名と言うわけでもなく、普通の四股名として受け取られるようになったのであった。

 

 

 

ふたりが結婚した翌年、男の子が生まれた。名前は弘子がつけた。

 

「将来、お相撲さんになったら、お父さんの四股名を継ぐことになるから、赤ちゃんもそれに合った名前をつけようね」

 

弘子が考えた名前は、

 

「征士郎」

 

だった。

 

勝手にしろ、

 

と、金の玉は思った。

 

この受け狙いのセンスには大いに閉口していたが、そのことを除けば、弘子は、決して悪い女房ではなく、金の玉は、弘子との毎日を結構、楽しく送っていたのだった。

 

 

 

征士郎が生まれた年、金の玉又造は幕内力士になった。

 

 

 

体重はまだ軽量であったが、柔らかく粘りのある足腰を持ち、基本に忠実な、相撲っぷりの性質(たち)のよさ。そして、その出世の早さにより、金の玉は、識者の間でも将来有望な若手力士と見られていた。

 

将来、三役力士となることは確実であり、大関、横綱も望める。というのが金の玉の評価だった。その時期の角界は、横綱照富士の、第一人者としての君臨が始まり、彼の時代を確立しようとしている時期にあたっていたが、いずれは金の玉が照富士に対抗する、照金(てるきん)時代がやってくる、と予測する評論家もいたのである。

 

やや問題はあるが二歳年上の美人妻と、元気な息子に恵まれた若手有望力士。

 

金の玉の前途には輝かしい未来が待っているはずだった。

 

 

 

翌年、金の玉の人生が暗転した。

 

土俵の上で重傷を負ったのである。

 

その場所、金の玉は前頭の上位だった。序盤戦で、連日、横綱、大関と対戦した。まだ三役に昇進はしていない。二場所前、初めて横綱、大関と対戦する地位に番付をあげた金の玉のその場所は、大関ひとりを破ったが、五勝十敗に終わった。が、翌場所前頭中位で十勝五敗の星を残し、金の玉は、その場所、自己最高位の前頭筆頭になっていた。二度目の挑戦となった横綱照富士に勝つことはできなかったが、もうひとりの横綱から初めての金星を得て、六人いる横綱大関に対し、三つの勝ち星をあげた。そして、十一日目までで七勝四敗。あとひとつ勝てば勝ち越し、来場所の三役昇進がほぼ確実となるというところまでこぎ着けていた十二日目。金の玉の対戦相手は、平幕とはいえ、三役経験が豊かなベテランの巨漢力士、北嵐。北嵐の寄りに耐え、土俵際で打棄り気味の投げを放ち、その技が決まるか、と思われた瞬間、北嵐の右足が金の玉の右足に絡まり、二百キロ近い北嵐の全体重が、金の玉の右足だけにかかった。巨漢北嵐の下敷きになった金の玉の右膝が破壊された。翌日から金の玉は土俵人生で初の休場。三役昇進の絶好のチャンスが潰えた。

 

 

 

金の玉は翌場所から四場所全休した。再び土俵にあがったとき、金の玉の番付は、幕下三十五枚目まで落ちていた。前途有望な幕内力士が、十ヶ月後には無給の幕下力士に転落したのである。

 

その後、金の玉は三場所で再び関取となり、さらに二場所をかけて幕内に再昇進した。が、彼の天性であった下半身の粘りは失われた。怪我をする前は、軽量ではあっても、正統的な相撲をとっていた金の玉は、変則的な相撲に活路を見出すしかなくなった。以降も金の玉は幕内の座を維持した。だが、彼を大関候補として評価する識者はもういなかった。

 

 

 

そして、数年後、二度目の悲劇が金の玉を襲った。

 

二十一歳で結婚。二十二歳で母親になってしまった私には青春時代が短すぎた。もう一度青春時代を取り戻す。との言葉を遺して、弘子が、あっさりと家を出たのである。

 

俺が結婚したのも、父親になったのも、それより二歳若かったんだぞ。

 

金の玉は、思った。

 

 

 

征士郎にとって、弘子はいい母だった。時に激しく叱ることもあったが、天性の明るさで征士郎に接していたので、征士郎も母親のことが大好きだった。

 

自分はともかく、なぜこの子を置いていけるのか。金の玉には理解できなかった。

 

 

 

母の出奔後、征士郎は、金の玉の傍らから離れようとしなくなった。母がいなくなってしまった征士郎にとって、残された親は、父しかいなかった。

 

金の玉は、普段は、再び瀬戸内部屋で居住するようになった。征士郎も、金の玉の個室で、一緒に暮らした。

 

父が部屋の土俵で稽古をする際は、征士郎も稽古場にともにおりた。やがて征士郎は自分用の稽古廻しを買ってもらい、父の姿を見習って、土俵で稽古に励むようになった。幼くして母を失った五歳の少年を、親方も、親方の家族も、部屋の力士たちも可愛がった。

 

 

 

金の玉は、妻の付けた四股名を変えることはしなかった。

 

「戻りたくなったら、いつでも帰ってこい」

 

その思いをこめたつもりだった。

 

 

 

しかし、力士には、地方での本場所があり、巡業がある。小学校に入学する前は、通っていた幼稚園を休み、征士郎はついて行った。

 

小学校に入学したあとは、父と一緒に過ごすことができない日は、征士郎は親方の家族とともに暮らしたが、年間の内、かなりの日数を父と離れなければならなかった。

 

 

 

金の玉は、二十七歳の若さで引退した。結局、三役力士になることはできなかったが、幕内の位置は保ち続けた。力士としては最も力が出る年代であるが、弘子を失ったことは、特に気力の面で、金の玉の力士としての生命を縮めることになった。そして、金の玉はできるだけ多くの時間を征士郎と一緒に過ごしてやりたい、と思ったのである。

 

引退後、金の玉は年寄「武庫川」を襲名したが、瀬戸内部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたった。

 

自らの部屋をもつことはしなかった。部屋を持てば多忙となり、征士郎と過ごす時間が減ることが明瞭だったからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

征士郎は、瀬戸内部屋で育った。

 

 

 

征士郎は、自分と同じく、中学卒業と同時に角界に入門するのであろうと、父である武庫川親方は、当然のように思っていた。

 

小学生時代のわんぱく相撲でも、中学時代でも、征士郎は全国大会で数多くの優勝を重ねていた。征士郎は、アマチュア相撲界では、かなり有名な存在になっていた。

 

しかし、征士郎は高校に進学した。理由を尋ねた父に対し、

 

「高校に進学しても、部屋の力士との稽古は続けることができる。すぐに関取になれるだけの力をつけてから入門する」と答えた。

 

 

 

 

 

大横綱照富士は、引退後、相撲協会から一代年寄照富士を贈られ、照富士部屋を創設した。

 

照富士には三人の息子がいた。

 

三兄弟の二番目、明は、大横綱を父にもち、幼少時代は部屋の稽古場で、よく相撲を取って遊んでいた。しかし、小学校二年生のときに野球を始め、以後は、プロ野球選手になることが、彼の夢となった。

 

中学を卒業する前、彼は一度だけ、父親から、相撲界に入門する気はないか、と誘われた。

 

父は「もし、お前が相撲を始めたら、兄弟の中でお前が一番、強くなるのではないか、と思う」と言った。

 

そのとき、兄、洋は既に入門し、各段をスピード昇進で駆け上がっていたし、学年では一年だけ下になる弟、照也も各種の相撲大会で、極めて優秀な成績を残していた。

 

明は父の言葉が信じられなかった。

 

が、父は「洋も、照也も、儂と同様、その相撲は、技が勝った相撲だ。その抜群の相撲勘とテクニックで、あるいは儂の域まで強くなるかもしれない。しかし、儂を超えることはできんじゃろう。じゃが、お前は、儂には想像できん種類の強さを、その身に秘めている気がする。儂はお前が化けるところを見たい、と思うちょる」と言った。

 

明は、吃驚した。父は、二十六回優勝した力士ではないか。たしかに、全勝優勝は三回。連続優勝は、四連覇と三連覇が一度ずつ、二連覇が五度。連勝数の最高は二十九。横綱時代の勝率は八割一分台。大横綱と称される力士の中では、それらの記録は際立ったものではなく、技巧派であった相撲の取り口にもより、優勝回数の多さほどには無敵と言う印象を与える力士ではなかったようだ。とはいえ、相撲史上に残る強豪であることは間違いない。

 

今の言葉を素直に受け取れば、自分は、それを超える可能性がある、というのか。父の言葉は何の具体性もない、感覚的なものだ。だが、勝負の世界で大なる成功をなし得た人物が発した言葉でもある。

 

明の心は動いたが、それでも少年時代からの夢を諦める気にはなれず、野球の名門高校に進学した。

 

 

 

入学してすぐに、エースと主砲を兼ねることになった明は、高校の三年間で、甲子園に三度出場した。一年夏、ベスト8。三年春、ベスト4。三年夏、準優勝。甲子園通算十一勝三敗。防御率は、一点台の前半。イニング数を超える三振を奪った。通算打率は四割台で、ホームランは五本打った。ドラフト会議では、タイガース、ジャイアンツ、ベイスターズ、ライオンズ、バファローズの五球団から一位指名を受け、抽選の結果、バファローズが、交渉権を得た。

 

明の夢がかなった、はずだった。

 

しかし、ここにきて明は迷った。中学時代の父の言葉を思い出していた。

 

 

 

明は、野球が好きだ。野球史にもかなり詳しい。ONが全盛であった時代に球界に入りたかった、あの時代のプロ野球界には、明確なドラマがあった、と明は思う。九年連続日本一、無敵の強さを誇ったジャイアンツ。その中にあって、全国民的な人気を持ち、ふたりで十三年間にわたって、ホームラン王と打点王を独占した、王と長嶋。

 

あの時代のプロ野球であれば、躊躇なく球界に身を投じて、ONを倒すために全力を傾けただろう。

 

今のプロ野球にも数多のスター選手がいる。しかし、かつてのONのレベルで時代を体現するスターは、いない。明は、そう思った。

 

振り返って、今の相撲界はどうだろう。前時代の覇者がいる。無敵の道を歩み始めた力士がいる。そして次々に登場してくる若手有望力士。そのうちのふたりは、自分の兄と弟ではないか。

 

 

 

そんな思いを秘めながら、明は、その年の日本選手権を、国技館に見に行った。世間で話題になっている里井征士郎、という人物をこの目で見てみようと思ったのだ。

 

土俵周りに、廻しだけを締めた数多くの裸の男たちがいた。が、その中にあって里井の姿は、すぐに分かった。立ち居振る舞いが、その他の力士と違っていた。

 

明は、里井から目が離せなくなった。

 

里井は、十八歳の高校生でありながら、大学生と社会人が中心となっているこの大会であっさりと優勝した。その力は図抜けている、と感じた。彼の姿を見て、明は、結局は甲子園で優勝することはできなかったおのれを恥じた。里井は、勝負にかける心構えが、まるで違っている、そう感じた。

 

「この男を倒したい」

 

明はそう思った。

 

 

 

「親父、俺は相撲取りになるぞ」

 

明は、父に自分の進路を告げた。

 

 

 

 バファローズの担当スカウトに対し、明は迷惑をかけたことを詫び、同時にこう告げた。

 

 「三年以内に横綱になります。横綱になって数場所勤めたら、テストを経て、貴球団に入団することをお約束します」と。

 

 その約束をメディアに公表してもよいか、と問われた明は、ひとこと「はい」と答えた。

 

 

 

 

 

征士郎は、高校三年で、史上二人目の高校生アマチュア横綱となり、その時点で幕下付出資格も得たが、やはり、大相撲に入門しようとはしなかった。

 

父に理由を問われた征士郎は、「今入門しても、まだ無敗で上がっていく自信が無い。」と答えた。

 

そんなことを考えていたのか、と、又造は吃驚したが、征士郎は、大相撲の世界を特別なものと考えていて、不敗の信念を得てから、その世界に飛び込みたいのだということが分かった。

 

 

 

 

 

照富士親方の次男、明が、大相撲に入門した時点で、長男の洋は二十歳。三男の照也は、十七歳になっていた。

 

長男と三男は、中学卒業とともに、角界に入門していた。

 

洋は、既に関脇になっていた。四股名は伯耆富士。照也は、その前年の春場所が初土俵であったが、既に幕下の上位に進出していた。四股名は豊後富士。

 

 

 

伯耆富士も豊後富士も、父、照富士が残した記録を上回る昇進ペースであり、大横綱の息子としての期待に充分に応えていた。

 

しかし、三兄弟の中で、力士として最も素質に恵まれているのは次男であると、彼らの幼少時代から、照富士は見ていたわけである。

 

兄弟三人による横綱土俵入り。それが、照富士が未来に思い描いていた夢だったが、彼の想像世界の横綱土俵入りで、中心にいるのは常に次男だった。

 

 

 

明は、近江富士の四股名をもらい、高校卒業前の初場所に、初土俵を踏んだ。

 

近江は、照富士の母の出身地だった。

 

 

 

 

 

その初場所、明は、彼が相撲界に入門する原因となった少年が、入門していないことを知った。

 

激怒した。

 

 

 

場所が始まる前、明は、征士郎を、瀬戸内部屋に訪ねた。

 

ふたりの少年は、初めて直接会い、言葉を交わした。

 

入門しない理由を問われた少年は、その理由を問うた少年に対し、答えた。

 

「幕下付出制度というのを知っているかい」

 

「知っている」

 

「僕は一年後に入門する。入門したときの番付は幕下だ。僕が入門したとき、君はそこまで昇っていてくれ。一年後に対戦しよう」

 

明は、頭の中ですばやく考えた。

 

「たしか優勝したら、一場所で、上の地位にいけるんだよな」

 

「ああ」

 

「春が序ノ口。夏が序二段。名古屋が三段目。秋が幕下・・・。おい、来年の初場所だと俺は幕内だぞ」

 

「そうか」

 

征士郎は微笑んだ。

 

 

 

 

 

征士郎は、瀬戸内部屋の土俵で、部屋の力士たちと稽古を続けた。

 

高校を出た年の夏、いつものように瀬戸内部屋の土俵で、十両の蒲生野と三番稽古(文字通り三番取るという意味ではなく、同じ相手と何番も取り続ける稽古を、こう称する)を続けていた征士郎は、突然、自分の相撲が、それまでよりも一段高い境地に達したのを感じた。相手の動きを、力の入れ具合を、すべて感じ取ることができた。征士郎が意識せずとも、おのれの肉体が常に最善の動きで相手に対処していた。

 

稽古相手が、幕内上位の常連、曾木の滝に変わった。十番取ったが、すべて征士郎が勝利した。

 

「とうとうここまでたどりついた」

 

征士郎は、ひとり喜びをかみしめた。

 

 

 

夏から秋、そして冬。征士郎は、おのれの相撲にさらに磨きをかけた。その中で征士郎は、おのれの相撲の型を見出した。

 

そのとき、彼の稽古相手として、力量の面で何とか相手ができるのは、部屋頭の大関早蕨だけになっていた。

 

 

 

その年、征士郎は、国体と日本選手権の二冠に輝いた。

 

翌年の初場所、征士郎は角界に入門した。

 

 

 

父、武庫川親方は、瀬戸内部屋を出て、独立した。師匠ひとり、弟子ひとりの部屋が誕生した。

 

征士郎に付け人としての雑務を行わせないためであった。

 

幕下十枚目格付出。四股名は金の玉征士郎。武庫川部屋には、まだ土俵はなく、征士郎は、瀬戸内部屋で稽古を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

歴史に残る場所が始まる。

 

夏場所を前にして、相撲専門雑誌「国技」の記者、長田は、内心の興奮を抑えきれなかった。

 

いや、近年の相撲界には大きな話題となる出来事が相次いでいる。

 

人気もうなぎ上りで、テレビの相撲の実況放送は、高視聴率を記録し、昨年は、NHK以外に民放二社が、相撲の実況中継に参入した。

 

月刊誌である「国技」の発行部数も今や、百万部にせまる勢いだ。

 

人気力士に焦点をあてた増刊号も、ここのところ立て続けに出版したが、売れ行きは好調だ。

 

 

 

そして、きたる夏場所。

 

今や、角界の第一人者となった羽黒蛇が、昨年の九州場所六日目から負けしらず、その連勝記録は、四十に達した。

 

横綱羽黒蛇にとって、四歳あまり年上の横綱玉武蔵が、長く超えることのできない壁となっていた。玉武蔵は巨大な体躯の持ち主であり、力で圧倒されていた。しかし、横綱になって二年。二十四歳になったとき、羽黒蛇の力は、ようやく玉武蔵に追いつき、そして超えた。羽黒蛇の後の先の立ち合いからの泰然自若とした相撲が完成されていた。

 

 

 

大横綱照富士、今は照富士部屋の総帥、照富士親方の息子たち。

 

照富士三兄弟と称される、その長男、照富士の出身地の名山を四股名とした伯耆富士。

 

昨年の初場所、関脇で初優勝し、二十歳九ヶ月(新番付発表時)で、翌春場所に大関昇進。昇進後は、好不調の場所を繰り返したが、今年になって、初場所、十二勝三敗。春場所、十三勝二敗。の星を残し、この夏場所の成績によっては、横綱昇進も望める。

 

 

 

伯耆富士の下の弟、照富士の義父、先代照富士の出身地の名山を四股名とした豊後富士。

 

三年前の春場所の初土俵以降、中学を卒業してすぐの入門と言う年齢を考慮にいれると驚異的な昇進を続ける。

 

昨年名古屋場所、十七歳七ヶ月で十両昇進。

 

今年初場所、十八歳一ヶ月で幕内昇進。

 

ともに、史上二番目の最年少記録であった。

 

新入幕の初場所は九勝六敗。翌春場所は、前頭七枚目で、十勝五敗。

 

この夏場所の番付は東前頭筆頭。三役のすぐ下の地位である。

 

天才少年力士豊後富士が、ついに横綱、大関と対戦する地位に上ってきたのである。

 

さらに上の地位の史上最年少記録は、

 

小結は、十八歳十ヶ月。

 

関脇は、十九歳。

 

大関は、二十歳六ヶ月。

 

横綱は、二十一歳三ヶ月

 

である。

 

十両、幕内については、史上二番目の年少記録にとどまったが、

 

以降は、横綱まで、最年少記録を打ち立てるのではないか、との声が高い。

 

だが、そう簡単にはいかないであろう、と予想する評論家も多い。

 

今の相撲界の上位力士の平均年齢は低い。この初場所に、二十歳五ヶ月の若さで関脇昇進を果たし、初場所九勝六敗。春場所十一勝四敗。夏場所に十二勝すれば大関昇進確実。と言われている荒岩をはじめ若き強豪が目白押しだからである。

 

 

 

だが、話題はそれにとどまらない。それらに勝るとも劣らない話題がある。

 

照富士親方の次男。三兄弟で、ただひとり相撲では無く、別の道、野球を選択し、甲子園にも出場し、ドラフト一位で指名されながら、角界に入門し、三年以内に横綱になることを公言した近江富士が、この夏場所、入幕する見込みである。

 

入門以来、序ノ口で六勝一敗。七勝(序二段優勝)。七勝(三段目優勝)。五勝二敗。六勝一敗。六勝一敗で関取昇進。十両は十三勝二敗で、一場所で通過。

 

ここまでの通算成績は五十勝七敗。

 

野球選手としては大型であっても、入門時の体重は八十五キロ。その後、一年余りで、二十キロ以上増量したが、それでも百十キロ足らずであり、現在、二番目の軽量関取である。この体重で、この昇進スピードであったのだから、幼少時代に相撲を取った経験があったとはいえ、少年時代の相当の年数を、格闘技でもない別のスポーツにその身を捧げていたこの男のもつ身体能力は大変なものであると言わざるをえない。だが、公約した三年以内に横綱になるためには、来年の九州場所までに横綱昇進を決める必要がある。残された場所数は、十場所である。

 

 

 

そして、金の玉。金の玉征士郎である。ついにこの力士も幕内力士となる。八月生まれなので、新番付発表時の年齢は、十九歳八ヶ月となる。

 

かなりの若年昇進ではあるが、歴史的にみれば、さらに若年で幕内となった力士は数多くいる。

 

だが、ここにいたるまでの経緯は特別なものだ。

 

父親は、元前頭の金の玉又造。若手有望力士であったが、土俵上での怪我により、平凡な幕内力士として終わった。

 

五歳の時に母と生き別れ、以後、父とともに名門瀬戸内部屋で暮らし、幼少時より、相撲の稽古に打ち込む。

 

その稽古ぶりは常に一心不乱で、鬼気迫るものがあった。

 

長田も、瀬戸内部屋の取材の際、何度も彼の稽古をみた。その稽古は、どの力士よりもすさまじかった。

 

ひとたび、彼の稽古を目にすると、その情景に魅入られ、視線をはずすことができなくなる。

 

中学生になり、彼が、部屋の入門間もない若い力士と遜色のない力をもつようになってからは、土俵の上での三番稽古を繰り返すようになった。

 

彼が土俵にあがると、緊迫感がみなぎり、相手となる力士も、彼に引き出されるかのように、その持てる力のすべてをあげて、征士郎に対しているのがよくわかった。

 

 

 

長田は、これまで何度も征士郎に声をかけた。彼の相撲にかける思いを、聞き出したかった。だが、彼から返ってくるのは、沈黙か、極めて短い言葉の断片でしかなかった。その言葉も、要は「相撲のことは・・・言葉にはできない」という意味でしかなかった。

 

 

 

わんぱく大会、中学生、高校生の大会と。征士郎が優勝を重ねる大会を、長田は時間の許す限り観戦していた。

 

稽古での激しさと打って変わって、公式大会の土俵上の彼の姿は静かだった。気合をいれる掛け声を出したり、体や廻しを叩いたり、といった動作は行わなかった。無駄なものはいっさい廃した、研ぎ澄まされた土俵態度だった。

 

長田は、彼の土俵に最高度の品格を覚えていた。

 

 

 

新入幕力士、金の玉征士郎。通算成績二十二勝無敗。

 

 

 

 

 

「国技」の増刊号に、長田が書いた記事が収載された。それは金の玉の立ち合いを論じた文章だった。

 

羽黒蛇の立ち合いは後の先である。対戦相手が動くのを待ち、動いてから、羽黒蛇も動く。

 

そして、金の玉もまた同様であった。

 

 

 

長田が書いたのは、そのことを紹介した記事である。羽黒蛇の四十連勝中の取組。そして、金の玉の入門以来の二十二番、さらにアマチュア時代の、長田自身の撮影も含む主要な対戦。あらためて、そのすべてのビデオを見てみた長田が発見したのである。

 

羽黒蛇が後の先の立ち合いであることは、一般ファンの間でも知れ渡っていた。が、金の玉もそうであるとは、長田が紹介するまで気が付かれてはいなかった。

 

金の玉は、絶妙のタイミングで、対戦相手と、ほぼ同時に動く力士であると思われていたのだ。だが、そうではなかった。羽黒蛇よりも、さらに短いタイミングで、相手が動いてから、動いていた。

 

ビデオを超低速で流し、さらにカメラで連写した写真を並べて、長田は、それを見つけた。

 

 

 

その記事が出た翌日、長田は、羽黒蛇から連絡を受けた。

 

長田の手許にある、すべての金の玉のビデオを貸してほしい、というのが依頼内容であった。

 

長田は、快諾したが、ひとつ条件をつけた。

 

「横綱が、そのビデオを見られるときは、私も同席させてほしい」と。

 

電話口で、苦笑している様子が想像できたが、羽黒蛇は受け入れた。

 

 

 

日時を約し、二日後、長田は、そのまま横綱に進呈するため、すべての映像をコピーしたDVDを持参した。

 

まだ独身の羽黒蛇だが、部屋からほど近い場所にある豪華なマンションを購入していた。庄内部屋にある彼の個室もそのままにしており、部屋とマンションを行き来する毎日であったが、その日は、マンションの、モニターを置いてある居間で、余人を交えず見ることとなった。

 

 

 

羽黒蛇が、金の玉のビデオをすべて見終わった。

 

横綱は沈黙していた。

 

長田からは話しかけなかったが、五分経っても、十分経っても、やはり、羽黒蛇は黙ったままだった。

 

同じ部屋に長田がいることも忘れているのではないか、と思った。

 

三十分経った。羽黒蛇の視線が動き、長田をとらえた。

 

横綱のため息を長田は聴いた。

 

「横綱」

 

長田はおそるおそる、羽黒蛇に話しかけた。

 

「どうでしたか。金の玉の相撲は」

 

横綱の口がようやく動いた

 

「無駄がなく、すべてが理にかなった動きというのは、あれほどに美しいものなんだな」

 

この答えは長田を驚かせた。それは、羽黒蛇自身の相撲について、識者が評している言葉ではないか。

 

そのままを横綱に聞き返した。

 

羽黒蛇は、またしばし沈黙したのち、静かに話し始めた。

 

「相撲の取り口の理想というものは、ひとつではないと、私は思っています」

 

「はい」

 

「先ず、圧倒的な力で相手を制圧する相撲。雷電、太刀山、現役では、言うまでもなく玉武蔵関の相撲がそれにあたるでしょう。攻めを基調とした相撲です。体に恵まれ、卓越した力をもつ力士のみが取ることのできる相撲です。ですが、力に頼る相撲だけに、乗じる隙を見出すことも可能ですし、その相撲をしのぎきれるだけの力をつければ、対抗し、超えることも可能な相撲だと思います」

 

それは、この横綱の実際の経験に基づく、感想であろう。長田はそう思った。

 

それにしても、

 

自分は、今、極めて大切なことを、大横綱羽黒蛇から聴こうとしている。長田は緊張した。

 

「次に、双葉山関の相撲です。後の先の立ち合いから、相手の動きに対応し、自然なかたちで勝利を得る。どちらかといえば守りを基調とした相撲です。近年でいえば、貴乃花関が、横綱に昇進する直前二場所の相撲がそうであったかと思います。私もこの相撲を、自らの理想として、双葉関の域まで達したい、と思っています」

 

「横綱は既に、その域に達しておられると思いますよ」

 

羽黒蛇は、否とも応とも答えず、軽く微笑んだ。

 

「が、理想の相撲はそれだけではない。もうひとつあると思っています」

 

もうひとつあるというのなら、横綱の口から出てくるのは、あの力士ではないか。長田は思った。

 

「栃木山関です」

 

当たった。長田もまた、金の玉の相撲からは、その力士を連想していた。

 

栃木山守也。史上の強豪十傑に必ず名前があがる、大正年間に活躍した大横綱である。優勝九回。三場所連続優勝継続中でありながら、突然、引退。頭が薄くなり、髷が結えなくなったことが原因との説がある。その後、全日本力士選手権に、引退後六年経っていた栃木山が年寄春日野として出場。時の第一人者であった玉錦をはじめ、現役力士を破って優勝したという逸話の持ち主でもある。

 

 

 

「私は双葉関の相撲を理想と思い続け、今は相当に近づけたのではないか、と思っています。しかし、心の中に、この相撲は、本当に理想の相撲だろうか。まだ動きが多すぎるのではないか。理想の相撲とは、あるいは、もっとシンプルなのではないか。そんなことを思うこともありました。それは、昔、栃木山という力士がいたことを知ったからです。文章で読む、栃木山の相撲っぷりが、私の考えていたもうひとつの理想の相撲なのかもしれない、と想像はできましたが、映像はほとんど残っていないので、実際はどんな相撲だったのか分かりません。見たい。そう思っていました」

 

羽黒蛇は、今まで食い入るようにみていたモニターのほうに目を向けた。

 

「今日、分かりました。栃木山関は、きっとこういう相撲を取ったのでしょう」

 

 

 

長田は驚いた。金の玉ほどではないにしろ、羽黒蛇も寡黙な力士である。自らの相撲を語ることもほとんどない。それが今日は、かくも饒舌に語っている。

 

 

 

「金の玉関は、アマチュア時代は、どちらかといえば双葉山型の相撲を取っています。あの体格で、その相撲が取れるということも驚きですが、入門前の、国体、日本選手権から、相撲が、変わっています。最も少ない動きで勝利する。一見、とても単純な相撲になっています。この間に、彼の相撲を変えるなにかがあったのでしょう」

 

ここまで語ると、羽黒蛇は、また沈黙した。

 

 

 

長田は、質問した。

 

「横綱、金の玉関は、まだ十九歳です。その若さで、相撲はもう完成されているのですか」

 

「完成しています」

 

羽黒蛇は、あっさりと断定した。

 

「横綱」

 

長田はさらに訊いた。最も訊きたかったことを。

 

「金の玉関と今対戦して、勝つのは横綱ですよね」

 

しばらく黙ったあと、横綱は静かに頷いた。

 

 

 

今日のことを記事にするな、とは羽黒蛇は言わなかった。

 

自分はジャーナリストとして、大変な特ダネを手に入れた。そのことも長田にはよく分かった。

 

だが、少なくとも、羽黒蛇と金の玉の最初の対戦が終わるまで、今日のことを記事にしてはいけないのだ。

 

長田は、そう思った。

 

それにしても、と、長田はさらに思った。

 

横綱の趣味は知っていたけれど、あのDVDの数はすごいな。

 

 

 

「今、金の玉と戦って、勝つのは私か」

 

長田が辞去したあと、ひとり居間に残った羽黒蛇は、心の中でつぶやいた。

 

横綱のプライドか。え、羽黒蛇さんよ。

 

羽黒蛇は目を閉じた。

 

先程見続けた金の玉の相撲の映像が、脳裏から離れない。

 

「勝てないかもしれない。あの男には」

 

 

 

玉武蔵と言う巨大な存在に追いつき。彼を超え、ようやく角界の第一人者となった。

 

自らが目指した相撲も完成した。

 

それなのに・・・・・・。

 

 

 

ひとつだけ、金の玉に確実に勝てると思われる方法がある。

 

金の玉の取組の映像を見終わったあとの沈黙の時間の中で、羽黒蛇はそれに気づいた。

 

金の玉の相撲は完成されている。ひとつの完璧な型が出来上がっている。

 

私が完成させた後の先の立ち合いよりも、さらに絶妙な短いタイミングでの後の先の立ち合いから、

 

見事としかいいようのない角度で相手に当たる。そしてそれは、全力で、すべてをそこにかけるという種類の当たりではない。相手がたとえ変わっても、柔軟に対応できる余力を残した当たりだ。現に、金の玉の初土俵以来、三人の力士が立ち合いに変化しているが、金の玉はこともなげにその変化に対応し、あっさりと押し出している。

 

当たってからは、右で筈押し、左でおっつけ、相手を最短距離で押し出す。判で押したような相撲だ。

 

 

 

要はその完璧な型をくずせばよい。立ち合いがポイントだ。くずす方法は、体を開いての変化だけではない。私が考えた立ち合いを他の力士がやっても、金の玉には通用しないだろう。だが、私ならそれで勝つことができるだろう。

 

だがそれをやるのか、本当に。私自身の型をくずして。記録の上で白星がついたとして、それで満足できるのか。どうなんだ。横綱羽黒蛇六郎兵衛。

 

 

 

しばし思いつめたあと、羽黒蛇は、

 

まあ、とりあえずはDVDを見よう。

 

と、AKB48を鑑賞した。

 

 

 

羽黒蛇はアイドリアンである。

 

AKB48については、まださほど有名ではなかった時期から目をつけ、秋葉原に通っていた。

 

ただAKBの中でも最も好きだった、初期からのメンバーで、チームBに属するアイドルが、近年脱退してしまった。

 

 羽黒蛇は残念でたまらない。

 

 

 

 羽黒蛇が属する庄内部屋はもともと小部屋だった。羽黒蛇が入門した時、部屋に関取は不在で、弟子は五人しかいなかった。

 

 今も庄内部屋には、関取は羽黒蛇しかいない。しかし、弟子の数は、二十人近くまで増えた。今、二十歳前後の若手が四人、幕下上位に集結している。

 

庄内若手四天王と称されるこの力士たちは、ずっと本名を四股名にしていたが、最近、新しい四股名がついた。四股名を考えたのは羽黒蛇である。

 

平羽黒。

 

蛇ノ嶋。

 

夏羽黒。

 

蛇ノ海。

 

羽黒蛇は自分が好きだったアイドルの名前を一字ずつ、弟弟子に分け与えた。

 

この四人の中では最年長の夏羽黒は、入門した時がちょうど羽黒蛇の十両昇進時にあたり、入門以来、ずっと羽黒蛇の付け人を務めていた。夏羽黒もアイドル好きだった。入門直後の会話からそのことが羽黒蛇に分かり、以後は付け人の中で、アイドルに関する業務担当となった。コンサートの予約。コンサート会場、握手会場でのご相伴。映像のダビング。写真集の購入。それらをほぼ一手に引き受けていたのである。

 

羽黒蛇は、四股名をつけて以降、このアイドル担当の付け人を「なっちゃん」と呼んだ。名を呼ぶときの声は、とても優しげで、夏羽黒は、他の付け人から羨ましがられた。

 

 

 

羽黒蛇はアイドルを愛する。

 

だが、それは疑似恋愛の対象として見ているわけでは無く、アイドルの輝きが自分に与えるときめきを楽しむという、観察者としての愛し方であった。

 

 

 

 

 

もうひとりの横綱、巨漢、玉武蔵達夫は豪放磊落な人物であった。

 

玉武蔵も独身である。彼の女性の趣味は、羽黒蛇と比較すると、もっと本能的だ。

 

玉武蔵は、関取になる前の若いころ、「ソープ君」というあだ名で呼ばれていた。小遣いが入ると、玉武蔵はせっせと風俗に通った。

 

横綱になった今もそれは変わらない。「ソープ君」は「ソープさん」に変わり、今はそのあだ名で呼ばれることもほとんどなくなった。

 

横綱審議委員会からは、しばしば、「横綱の体面を考慮して、風俗通いは慎むように。せめておおっぴらには行かず、隠れて行くように」という勧告がなされる。

 

しかし、横綱はめげない。

 

「このでかい体で、どうやって隠れて行けるんだ」

 

玉武蔵は、ソープランドを愛する。

 

羽黒蛇が、一部のファンから「アキバの御大」と呼ばれるのに対して、玉武蔵は「吉原の大将」と呼ばれる。

 

玉武蔵は相撲を愛し、人生を愛し、相撲界の頂点にたった自分自身の立場を大いに楽しんでいた。既に大横綱としての赫々たる戦績も残している。優勝二十三回。一部の謹厳な識者からの「素行に問題あり」との反対はあるが、引退後、一代年寄が授与されることは間違いないであろう。

 

だが、ここのところ、玉武蔵は、あまり面白くない。数年前までは歯牙にもかけていなかった羽黒蛇がどんどん力をつけ、すっかり勝てなくなってしまった。通算の対戦成績では、まだ十六勝十二敗と勝ち越しているが、ここのところ七連敗だ。最近は、先場所も含め、腰の故障によりしばしば休場もしているので、最後に羽黒蛇に勝ったのは、もうほとんど二年前のことだ。

 

三十の大台にのった自分の年齢のことも考慮すれば、そろそろ引退の潮時かとも思う。ここのところの相撲界は、有望な若手力士が陸続として表れている。

 

だが、あと一回でよいから羽黒蛇に勝ちたい。羽黒蛇に勝ってやめたい。玉武蔵はそう思っていた。

 

そして、若手の中でも豊後富士。この夏場所に初めて本場所で顔を合わせることになるが、あの男には負けるわけにはいかない。あんな顔をした小僧に、大横綱である儂が負けることは許されない。

 

 玉武蔵はかたく決意していた。

 

 

 

 

 

 照富士三兄弟の長兄、大関伯耆富士にとっては、きたる夏場所は横綱をかける場所になる。たとえ優勝できなくとも、十三勝すれば、初場所以降の三場所通算、三十八勝となる。一時期、やたら横綱昇進基準が厳しかったときがあったが、長い相撲史における幾多の横綱昇進例を概観すれば、この星なら昇進させるべきだ、という意見が今は主流だ。十二勝だったとしても昇進でいいではないか。との声もある。

 

 伯耆富士洋は、弟の明と同じく、少年時代は野球をやっていた。しかし、野球の才能では二歳下の弟に敵わない、と思い知らされ、中学生になったのを機に、野球をやめ、相撲を始めた。

 

 元々、大横綱、照富士の息子である。相撲は洋にとって、野球よりずっと合っていたようである。

 

中学時代から、各種大会で実績を残し、入門後も出世は早い。

 

技巧派の名人横綱でもあった照富士の衣鉢を受け継ぎ、今や現役有数の多彩な技を誇る名人大関である。

 

史上初の親子横綱誕生は間近い、というのが周囲の一致した評価である。

 

 

 

 彼はなかなかの読書家であり、特に推理小説を愛した。

 

 エラリー・クイーンの「Yの悲劇」。島田荘司の「占星術殺人事件」。綾辻行人の「時計館の殺人」。これまで読んだ推理小説の中では、この三作が最高だ、と思っていた。

 

こんな作品を自分も書いてみたい、と思い立った。

 

キャラクターは、すぐに思いついた。現役のお相撲さんが探偵役。シリーズのタイトルは「関取探偵」。

 

ワトソン役はふたり。現役の行司と呼出しである。

 

 結果的に犯人は必ず、女性。

 

 物語の最後で、探偵役の関取が、真犯人を指差しながら「犯人(ほし)は、星(相撲界の隠語で女性の意味。美人は金星)のあなたです」と指摘する。何故かその場面では、土俵上での装束に身を包んでいる行司が、軍配を掲げながら「これにて千秋楽でございます」という決め台詞を言いながらお辞儀し、その横で、やはり装束姿の呼出しが柝を鳴らし、一件落着。

 

 アイデアも色々考えてみた。「本場所の土俵上を舞台にした密室殺人」「容疑者は、関取探偵のライバル力士。しかし、殺人が行われたはずの時間、容疑者は、ほかならぬ関取探偵自身と本場所の土俵上で対戦しており、その映像は全国放送で流れていた、という鉄壁すぎるアリバイ。さあ、どうやってこのアリバイをくずす? 関取探偵」

 

 秀逸なアイデアだ。と、伯耆富士は自賛した。だが、このアイデアをどうやって具体化すればよいのか、思いつかなかった。したがって、上記のアイデアに基づく推理小説は、まだ世に出ていない。

 

 

 

 

 

 大関、若吹雪は、相撲史オタク。相撲の記録マニアである。さほど知識をひけらかすわけではないが、メディアが間違ったことを言うのは許せない性分だった。

 

 取材にきた新聞紙の記者に「今日の朝刊の記事、過去の記録の間違いがありましたよ」と指摘したり、支度部屋に置いてあるモニターの相撲中継を見ながら、「今、間違ったな」とつぶやいている、という場面を多くの関係者が目撃していた。

 

 ある日、それは若吹雪がまだ大関になる前のことだが、学生時代に、相撲がテーマとなったクイズ番組に優勝した経歴をもち、相撲の記録に関する知識にも多大な自信を持っていた中央テレビの門岡記者との間で、こんなやりとりがあったそうだ。

 

 「若吹雪関。私は、学生時代、相撲クイズで優勝したことがあるんです」

 

 「知っていますよ。「難問速攻解答」でしょ。門岡さんのこと、覚えていますよ」

 

 「そうですか。それはどうも。私、ちょっと自慢させていただきますが、優勝制度が始まって以来の優勝力士をすべて記憶しているんですよ」

 

 「ほう、それはそれは」

 

 「若吹雪関も相撲の記録には相当詳しいと伺っています。よろしかったら、何か問題を出していただけますか」

 

 「そうですね。それでは、第五十代横綱、佐田の山の優勝回数は」

 

 「六回です」

 

 記者は即答した。特に難しくもない問題だ。よし、少し驚かしてやろう。

 

 「その六回をもう少し詳しく言ってみましょうか。

 

  昭和三十六年夏場所、平幕で優勝、十二勝三敗。

 

昭和三十七年春場所、関脇で優勝、十三勝二敗。

 

昭和四十年初場所、大関で優勝、十三勝二敗。場所後横綱昇進。

 

昭和四十年夏場所、十四勝一敗。

 

昭和四十二年九州場所、十二勝三敗。

 

昭和四十三年初場所、十三勝二敗。以上です」

 

 「なるほど。たいしたものですね。さすがクイズの優勝者」

 

 「いえいえ」

 

 「まあ、それはそのとおりですが、それじゃ、その初優勝の場所の三敗は、何日目に誰に負けたんでしたっけ」

 

 何を言ってるんだ、この人は。門岡は思った。

 

 「四日目、清ノ森に肩すかし。八日目、松登に寄切り。十一日目、安念山に押し倒しで負けていますね」

 

 「・・・・・・若吹雪関」

 

 「はい」

 

 「もしかして若吹雪関は、あとの五回の優勝についても、それが全部言えるんですか」

 

 「ご想像にお任せします」

 

 この話は、相撲を担当する記者の間ですぐに知れ渡った。以降、若吹雪に取材するときは、各記者は、ある種の緊張感を覚えさせられることになった。

 

 なかには、記録を調べる必要があるとき、若吹雪に問い合わせてすませる、ちゃっかりした記者もいた。

 

若吹雪は、いつも嬉々として教えてくれた。

 

 

 

 

 

大関、早蕨。やや小柄で、押し相撲である。金の玉が、今の相撲を身につけることができたことについては、この人の寄与が大である、と言われる。

 

妻帯者で、去年、第一子となる女の子が生まれた。物静かな人柄で、しばしば美術館で、その姿が目撃される。趣味は絵画鑑賞。特にコロー、坂本繁二郎、金山平三の絵がお気に入りだった。

 

四股名は、彼の人柄を愛する、源氏物語の女性研究者であるファンが考えた。

 

 

 

 

 

関脇、荒岩。よくよく見ればなかなか味のある顔をしているのだが、一見地味な風貌である。今は、若手美男力士が何人もいるので、彼には若い女性ファンは、あまりいない。彼のファンの年齢層はかなり高目である。

 

だが、彼は気にしない。彼は、二十歳の若さであるにもかかわらず、結婚はお見合いで、と決めている。

 

僕は、女の子には持てないけれど、高収入だし、結婚相手の条件としては、とてもよいはずだ。だから、かなりのレベルの女性を紹介してもらえるはずだから、その中から、選べばよい。それに僕は、女の子本人には、どう思われるかわからないけど、ご両親には気に入られる絶対の自信がある。親のいう事はよく聞く、素直な性格の美人さんが、僕の将来のお嫁さんになるに違いない。これが、荒岩が思い描く、明るい未来である。

 

そう、荒岩亀之助は、目上の人をきちんと敬う、礼儀正しく謙虚な好青年なのであった。

 

 

 

 

 

照富士三兄弟の末弟、豊後富士照也は、稽古場の大鏡に映る自分の姿に、いつもうっとりしてしまう。

 

豊後富士は美少年である。そして誰よりも自分自身がそのことをしっかりと意識していた。

 

父、照富士も二枚目力士として人気は高かった。その血をひく兄ふたりも美男力士である。しかし、伯耆富士と近江富士が、一般人としてかなりの美男、というレベルであるのに対して、豊後富士は、芸能人の中に入ったとしても際立つ、というレベルの、美男である。

 

 若い女の子の間では「照さま」と呼ばれ、絶大な人気を誇る。

 

マスコミは、彼を「フンドシ王子」と呼んだ。

 

 

 

 豊後富士は、容姿だけでなく、歌も上手かった。

 

 夏場所後にレコーディングして、歌を出すことも決まっている。タイトルは「土俵の王子様」。

 

高名な振付師による、四股、鉄砲、すり足といった相撲の基礎訓練を基調とした、歌のフリも決まっている。歌って踊れるお相撲さんだ。

 

 この話を聞きつけた兄ふたりが「俺たちも混ぜろ」と言ってきた。レコード会社も、願ってもない話と、シングルデビューする末弟と別に、三兄弟によるトリオの歌手デビューも決まった。

 

トリオの名前は、「照富士三兄弟」と、いたってシンプルだ。

 

曲のタイトルは「土俵を駆け巡る青春」。

 

昔のヒット曲を基調とし、それにアレンジを加えた曲だ。 

 

 

 

超人気力士、フンドシ王子豊後富士照也が、夏場所、ついに横綱、大関陣と顔を合わせる。

 

 

 

 

 

 金の玉征士郎が入門し、幕下十枚目格付出となった初場所、近江富士明は、幕内力士になれてはいなかったが、東幕下三枚目まで昇進していた。

 

その場所の七日目、三勝同士で、ふたりは対戦した。

 

近江富士は、立ち合いからの一気の押出しで、金の玉に敗れた。

 

 翌春場所、前場所六勝一敗だった近江富士は、東十両十四枚目。前場所、七戦全勝だった金の玉は、

 

西十両十四枚目。

 

 ふたりは、初日に顔を合わせたが、近江富士は、やはり立ち合いからの一気の押出しで、金の玉に敗れた。

 

 この場所の近江富士は、金の玉以外にもう一敗して、十三勝二敗。金の玉、十五戦全勝。

 

捲土重来。きたる夏場所の三度目の対戦では、近江富士は、金の玉との相撲の際、まだ一度も取れていない、彼の廻しを掴みたかった。

 

中村淳一さんの小説、後半

 

夏場所の新番付が発表された。

東横綱、羽黒蛇。二十五歳、場所中に二十六歳。山形県出身。庄内部屋。186センチ、152キロ。優勝十五回。

西横綱、玉武蔵。三十歳。埼玉県出身。菱形部屋。194センチ、172キロ。優勝二十三回。

東大関、伯耆富士。二十一歳。場所中に二十二歳。東京都出身。照富士部屋。185センチ、136キロ。優勝一回。

西大関、若吹雪。二十二歳。北海道出身。千葉乃海部屋。182センチ、151キロ。優勝一回。

東張出大関、早蕨。二十六歳。奈良県出身。瀬戸内部屋。180センチ、135キロ。

東関脇、荒岩。二十歳。兵庫県出身。菱形部屋。186センチ、145キロ。

西関脇、緋縅。二十三歳。群馬県出身。石見部屋。183センチ、123キロ。

東小結、曾木の滝。二十三歳。鹿児島県出身。瀬戸内部屋。188センチ。147キロ。

西小結、若飛燕。二十三歳。青森県出身。越ヶ浜部屋。184センチ。116キロ。

東前頭筆頭、豊後富士。十八歳。東京都出身。照富士部屋。186センチ。126キロ。

西前頭筆頭、竹ノ花。二十二歳。宮城県出身。浜寺部屋。184センチ。143キロ。

東前頭二枚目、芙蓉峯。三十二歳。山梨県出身。秋月部屋。190センチ、176キロ。

西前頭二枚目、獅子王。二十九歳。中国出身。飛鳥部屋。183センチ、167キロ。

東前頭三枚目、神剣(みつるぎ)。三十四歳。静岡県出身。村里部屋。180センチ、134キロ。

西前頭三枚目、神王(しんおう)。三十一歳。モンゴル出身。村里部屋。176センチ。125キロ。

東前頭四枚目、北斗王。三十五歳。北海道出身。飛鳥部屋。193センチ、155キロ。

西前頭四枚目、松ノ花。二十四歳。宮城県出身。浜寺部屋。187センチ。156キロ。竹ノ花の兄。

東前頭五枚目、安曇野。二十九歳。長野県出身。志摩部屋。186センチ、130キロ。

西前頭五枚目、光翔。三十四歳。モンゴル出身。鳴尾部屋。182センチ。155キロ。

東前頭六枚目、早桜舞(はやおうぶ)。三十歳。京都府出身。沢渡部屋。191センチ、137キロ。

西前頭六枚目、高千穂。三十一歳。宮崎県出身。日高部屋。183センチ、144キロ。

東前頭七枚目、神翔(しんしょう)。三十七歳。兵庫県出身。村里部屋。179センチ。130キロ。

西前頭七枚目、若旅人(わかたびと)三十三歳。秋田県出身。志摩部屋。185センチ。127キロ。

東前頭八枚目、光聖(こうせい)。二十八歳。福岡県出身。鳴尾部屋。191センチ。142キロ。

西前頭八枚目、光優(こうゆう)。三十二歳。山口県出身。鳴尾部屋。171センチ。148キロ。

東前頭九枚目、神天勇(しんてんゆう)二十四歳。青森県出身。村里部屋。184センチ。145キロ。

西前頭九枚目、萌黄野(もえぎの)。二十九歳。千葉県出身。志摩部屋。188センチ。147キロ。

東前頭十枚目、飛鳥王。三十四歳。奈良県出身。飛鳥部屋。182センチ。168キロ。

西前頭十枚目、雪桜(せつおう)。三十二歳。石川県出身。朝比奈部屋。181センチ。131キロ。

東前頭十一枚目、神天勝(しんてんしょう)二十三歳。愛知県出身。村里部屋。185センチ。163キロ。

西前頭十一枚目、光翼(こうよく)。三十四歳。岡山県出身。鳴尾部屋。185センチ。153キロ。

東前頭十二枚目、月桜(げつおう)。三十二歳。石川県出身。朝比奈部屋。181センチ。134キロ。雪桜の双子の弟。

西前頭十二枚目、神天剛(しんてんごう)二十一歳。大阪府出身。村里部屋。188センチ。150キロ。

東前頭十三枚目、神優(しんゆう)。三十五歳。東京都出身。村里部屋。187センチ。188キロ。

西前頭十三枚目、白鳥。二十五歳。静岡県出身。結城部屋。185センチ。139キロ。

東前頭十四枚目、翔翼(しょうよく)。二十七歳。モンゴル出身。鳴尾部屋。175センチ。155キロ。

西前頭十四枚目、青翔。二十五歳。モンゴル出身。芦名部屋。187センチ。134キロ。

東前頭十五枚目、北乃王。二十四歳。ロシア出身。高梨部屋。193センチ。210キロ。

西前頭十五枚目、優翔。二十九歳。徳島県出身。美馬部屋。177センチ。132キロ。

東前頭十六枚目、金の玉。十九歳。東京都出身。武庫川部屋。182センチ。127キロ。

西前頭十六枚目、満天星(まんてんせい)。二十七歳。モンゴル出身。秋葉部屋。189センチ。185キロ。

東前頭十七枚目、近江富士。二十歳。東京都出身。照富士部屋。185センチ。109キロ。

 

 

近年、本場所の土俵は連日、満員御礼となっていた。

初場所、夏場所、秋場所と、東京の国技館で場所前に行われる、一般ファンにも無料で公開される、稽古総見。近年は、この行事のときも、満員になる。

が、その夏場所前は、異常だった。開催日の数日前から、入場するための徹夜組が出現したのだ。この報道が流れたことにより、徹夜での順番待ちはどんどん増え、二日前には、その時点で、もう満員になるだけの人数が列を作った。相撲協会は、その前日から、列の先頭のファンから順番に、国技館内の客席に誘導していた。

なぜ、ただ稽古を見せるにすぎない行事が、それほどの人気を呼んだのか。それは、稽古土俵であっても、まだ一度も実現していない、四十連勝中の横綱、羽黒蛇と、入門以来、二十二連勝中の、新入幕力士、金の玉の土俵での初対戦が、この日、実現することになるであろうと、予想されたからである。

羽黒蛇は、照富士三兄弟の、豊後富士、近江富士とも本場所ではまだ対戦していない。だが、羽黒蛇が属する庄内部屋と照富士部屋は同じ一門でもあり、稽古場では、これまでに既に何度か胸を貸し、対戦もしていた。

そのときもマスコミは、稽古風景を大きく取り上げた。稽古場での対戦では、豊後富士も、近江富士も、やはり、羽黒蛇の敵ではなかった。

 

だが、羽黒蛇と金の玉は、まだ一度も土俵で顔を合わせてはいない。違う一門とはいえ、しばしば出稽古を敢行する羽黒蛇が瀬戸内部屋に、あるいは、金の玉が庄内部屋に出稽古に行けば、ふたりは顔を合わせることになったはずだが、なぜか、ふたりとも、そうしようとはしなかった。

 

また、ふたりの対戦には、別の興味も持たれていた。立ち合いである。長田が書いた記事により、ともに後の先の立ち合いをする両者が対戦したら、いったいどちらが先に立つのか、という興味である。

 

国技館での公開の稽古総見の日がやってきた。

十両力士を中心とした稽古。幕内力士を中心とした稽古。大関を中心とした稽古と続き、羽黒蛇が、土俵に上がった。

大きな歓声が上がった。いきなりの金の玉の指名があるかと、満員の観衆は固唾をのんだが、羽黒蛇が最初に指名したのは、もうひとりの新入幕力士である近江富士だった。

これまた人気力士である。歓声があがった。

三番取った。いずれも羽黒蛇の完勝だったが、内一番は、近江富士に存分に取らせる、という意図があったのか、三十秒足らずの相撲になった。

横綱が次に指名したのは豊後富士。

そこここで「照さまあ」という若い女性ファンの嬌声がこだました。

横綱は、今度は四番取った。やはりすべて羽黒蛇の勝利であったが、内一番、豊後富士が、横綱を土俵際まで持っていく相撲があり、大きな歓声が沸いた。

 

羽黒蛇の体が十分に温まった。羽黒蛇と、土俵の周囲に立つ、金の玉の視線が交錯した。

「征士郎」

横綱が、金の玉に呼びかけた。

「来い」

金の玉が、新鋭とは思えない、悠然たる態度で土俵に上がった。

大歓声があがった。

一度の仕切で羽黒蛇と、金の玉がともに仕切線に両手をついた。

ふたりは、にらみ合う。

十五秒たった。

満員の観衆は、息をつめて見続けるが、両者ともに動かない。

記者席にいた長田は、ふたり連れてきたカメラマンの内、ひとりに指示して、金の玉が土俵に上がった時から、ずっとビデオをまわさせた。もうひとりには立ち合いに入ってからの連写を指示していた。

三十秒たった。

羽黒蛇が立ち合うことなく、すっと立ち上がった。

合わせて、金の玉も立ち上がった。

羽黒蛇が、ふっと顔をくずし、右手で金の玉の左肩を軽く叩いた。金の玉がお辞儀する。

長田は、後刻、「これは羽黒蛇の力士生活における、初めての「待った」ではないか」と気付いた。

 

両者は、再び仕切線の後ろに下がった。

一度、仕切り、

両者が仕切線に両手をついた。

十秒を超えたところで、両者が立ち上がった。

どちらが先に立ったのか、肉眼では分からなかった。

金の玉がやや押し込んだと見えた瞬間、羽黒蛇の右が入った。金の玉の体が起こされた。

相手力士に廻しを取られることはおろか、組まれることさえほとんどない金の玉が、横綱に組まれた。

そのまま横綱が、左の上手を取りながら一気に寄り、寄り切った。

観衆の間からため息がもれた。

金の玉は、今や稽古場では、大関早蕨を圧倒し、先頃瀬戸内部屋に出稽古にやってきた横綱玉武蔵と三番稽古をして、むしろ分が良かったという。

その金の玉をもってしても、やはり羽黒蛇には敵わないのかと。

 

この相撲のあと、横綱は、すぐに次の稽古相手として、荒岩を指名した。

稽古総見の中で、羽黒蛇と金の玉はただ一番だけ、相撲を取った。

 

金の玉との取り組みが終わった直後、

羽黒蛇は、記者席に座る長田のほうを見た。偶然かと思ったが、羽黒蛇の視線は明らかに長田の視線をとらえていた。横綱は、長田に向かって、軽く笑った。

 

長田は、社に帰るのももどかしく、すぐに、撮影したビデオを再生した。

 

分析には長い時間がかかった。超低速で再生しても、ふたりは同時に立ち上がったとしか思えなかった。

だが、さらに精密な機械で解析した結果、長田は、横綱が、いつもとは異なる立ち合いをしたことを知った。

立ち合いは、・・・羽黒蛇が先に動いていた。刹那の差で、金の玉が動いた。これは、金の玉のいつもの立ち合いだ。金の玉は、今、マスコミ、ファンの間では、その稽古のすさまじさや、相撲への打ち込み方から「修羅の力士」というニックネームが定着しつつあるが、この絶妙なタイミングの立ち合いにより、一部のファンから「刹那の力士」とも、呼ばれていた。

すると、羽黒蛇の動きが止まった。これまた刹那の時間のみ。金の玉の動きは変わらない。羽黒蛇が再び動く。金の玉の体に微妙な驚きが走った。当たるはずの瞬間に、相手はまだ、その地点に到達していない。金の玉の体が、わずかに伸びた。両者が激突し、羽黒蛇が少し押し込まれるが、押し込まれながら、羽黒蛇の右が入り、金の玉の体をとらえた。

 

翌朝、長田は勤務する雑誌社と提携しているスポーツ紙の朝刊に、横綱の立ち合いを分析し、解説した記事を書いた。見出しは「神技、先の後の先」

しかし、長田は疑問に思った。

なぜ、横綱は、この立ち合いを本場所まで秘めておかなかったのだろう。

 

この記事に対し、さすが横綱羽黒蛇、との賞賛の声が集まった。と同時に、相手が横綱であっても自分の立ち合いを押し通そうとする金の玉に対して、一部批判の声もあがった。また、羽黒蛇に対しても、相手が望む存分の立ち合いをさせて、それでも勝つのが横綱ではないか、との声も少数ながら寄せられた。

 

 

 

夏場所初日の二日前の金曜日。

初日と二日目の取組が発表された。

初日の目玉は、羽黒蛇-豊後富士。そして、金の玉-近江富士である。

玉武蔵-豊後富士は二日目の取組となった。

三役以上の力士がからむ取り組みを除いて、初日は番付順に取り組まれるのが通例であるので、本来であれば、近江富士-満天星。金の玉-優翔。となるはずであるが、取組を編成する協会審判部は、夏場所幕内の最初の取組に、通例をくずして、金の玉-近江富士を選んだ。

さらに、東横綱には西小結の力士を当てるのが、初日の通例であるが、この通例もこわして、四十連勝中の横綱羽黒蛇に、横綱初挑戦、人気の美少年力士、豊後富士を当てた。それは、ただ一回対戦した千代の富士-貴花田(貴乃花)戦に倣い、注目の取組を、両者にまだ、場所の星取表がまっさらな内に当てよう、という意向が働いたものである。

その考えでいくのならば、と、取組編成の際、初日に、羽黒蛇-金の玉の取組を推す一部の委員の声もあった。金の玉の実力は、既に、全力士の中で、羽黒蛇に次ぐNo.2になっているのではないか。この取組こそ、今場所の最大の目玉であり、場所を盛り上げるためには終盤戦に、この取組を持ってきたほうが望ましいことは分かる。本来、幕内の下位力士は、よほど勝ちこまない限り、横綱と対戦することはないわけでもあるし。しかし、と同時に、この両者については、ともに負けがつかない連勝記録継続中に対戦が実現すれば、その盛り上がりは大変なものになるだろう。今の両力士の力からいって、終盤戦の対戦であっても、連勝記録継続中のまま対戦となる可能性はかなり高い。しかし、勝負事である限り対戦前に金の玉に、あるいは羽黒蛇にだって黒星がついてしまう可能性はある。初日に対戦させれば、間違いなく連勝記録継続中の力士の対戦となる。四十連勝継続中と、二十二連勝継続中の力士の対戦など、今後見られるものじゃない。初日にこの取組を実現させてしまっても、今場所は注目力士目白押しなのだから、好取組は、羽黒蛇-金の玉以外でもいくらでも作れる、と。

が、結局この提案は、慣例からはずれすぎるとして見送られた。と同時に、金の玉が勝ち進んでいった場合、早い段階から上位力士にぶつけていこう、との方針も確認された。

 

初日の前夜となった。

幕内力士としての金の玉との初顔合わせ。しかし、近江富士にとっては、初場所、春場所に続く三度目の対戦という思いが強い。初場所に幕下だった力士で、この夏場所に幕内力士となっているのは、もちろん、近江富士と金の玉のふたりだけである。近江富士と金の玉にとっては、お互いが、この三場所で、三度対戦する唯一の力士となることは間違いない。

俺は、この男を倒すために、相撲の道を選んだのだ。今も、近江富士の心の中には、その思いが強い。

しかし、過去の二度の対戦は、ともに鎧袖一触。あっさりと押し出された。どうやったら金の玉に勝てるのか、近江富士にはそのイメージがわかない。

 抜群の運動神経をもち、高校時代に相撲を取っていないにもかかわらず、図抜けたスピード出世を遂げている近江富士。ではあっても、十両以上の関取力士の中で二番目。幕内力士では最軽量の近江富士に、寄り、押し主体の相撲はまだ取れない。スピード。ここぞというときの勝負勘。そして、かつて150キロのスピードボールを投げた右腕から繰り出す上手投げ。これが今の近江富士の相撲だ。とにかく右上手だ。右上手がほしい。近江富士はそう思った。

 それにしても、初場所、そして春場所の金の玉との対戦の際も感じた、あの土俵上の感覚を、明日また味わうことになるのだろうか。近江富士は、恋人とのランデブー前夜にも似た、ときめきを覚えた。

 

 羽黒蛇関と初日にいきなり合うのか。

 豊後富士の胸は高鳴った。

自分は時代を担う力士になる。豊後富士にはその思いが強い。これだけの美貌の持主だ。そういう運命をもっていないはずがないではないか。

 今場所横綱を倒せば、十八歳六ヶ月での金星獲得。貴花田の記録を三ヶ月更新しての新記録である。来場所でもまだ新記録になるが、来場所は、俺は三役に昇進しているから、もう金星を得ることはできない。今場所が唯一のチャンスだ。十両昇進、幕内昇進では貴花田の記録を更新することができなかった。豊後富士は悔しかった。すべての最年少記録を更新するつもりだったからである。

 貴花田の初金星は、優勝三十一回の大横綱、千代の富士との唯一の対戦という歴史的一番で獲得したものだった。奇しくも同じ、夏場所の初日。

 明日、俺が羽黒蛇関に勝ったら。それは千代の富士-貴花田戦をも超える歴史に残る一番になる。羽黒蛇関の連勝記録を四十でストップさせることになるのだから。

 

 

 ああ、あの感覚だ。また、やってきた。近江富士は感じた。土俵にあがる前、金の玉とどういう相撲を取るか、近江富士は色々と考える。

 土俵下で、東の控えに座る金の玉の姿を見る。金の玉が、自分のほうを見ている。その視線は実に穏やかだ。勝敗の場に臨む勝負師の目とはとても思えない。自分を凝視しているわけでもない。彼は対戦相手ではなく、もっとはるかなものを見ているのだろう、近江富士はそんなことも思った。

 金の玉の姿を見ている内に、どういう相撲を取るかという思いが、脳裏から去っていく。

 

「ひが~~し~~、きんの~~た~~ま~~」「に~~し~~、おおみ~ふ~じ~~。」

呼出しが両力士を呼び上げる。金の玉と、近江富士が土俵にあがった。金の玉も、近江富士も高々と伸びやかに四股をふむ。

 仕切が続く。金の玉の仕切姿は、羽黒蛇のそれと同様、今や国技館の呼び物のひとつだ。静かなたたずまい。無駄な動きはいっさいない。これ以上削ぎ落とすことはできないであろう、という必要最小限の動きだ。そして動作は実にゆったりしている。仕切の最後に呼出しから差し出されるタオルを手にすることもない。だいいち彼は、本場所の土俵上で全く汗をかかない。

 本来、極めて三枚目的な四股名も、この仕切を見せられると、そんなつまらないことで揶揄することが、愚かなことと思わせられてしまう。

今、その四股名は、変な連想をもたらすことなく、元々の字義通りに受け取られている。

金色に輝く玉。美しい四股名である。

そして、征士郎。響きがよく、決然とした印象を与える美しい名前である。

金の玉征士郎、その名は崇高なものとなり、神韻を帯びる。

 

 近江富士は、他の力士との対戦の時は自分のペースで仕切る。しかし、金の玉とのときは、いつの間にか自分の仕切のペースが金の玉に同調していることに気付く。勝つとか、負けるとか、そんなことにこだわっている自分がばかばかしくなってくる。ただ、この男とふたりで、この土俵の上で、美しい時間を過ごしたいと思う。

 

 立ち上がった。はっと気が付き、右上手を取りに行こうとするが、そのときには、もう土俵の外に押し出されていた。

 礼をして土俵から降り、近江富士は夢から醒めたような気分になった。

今場所も、まるで相手にならなかったか。俺が、あの男に勝つ日はやってくるんだろうか。

 悔しくない、と言えば嘘になる。だが、それ以上に、何やら清々しい気持ちになっている自分に気が付く。いい夢を見させてもらった。そんな気持ちだった。

 

 

野望は潰えた。天才美少年力士、豊後富士は、羽黒蛇に対し、立ち合いで当たってから突っ張り、いなして右上手を取り、自分充分の左四つに持ち込んだ。よし、と思い、寄った瞬間、横綱の左からの掬い投げで、土俵に裏返った。

 

初日の取組結果(数字は幕内での対戦成績)

  勝              負

金の玉 (一勝) 1(押出し)  0 近江富士(一敗)

緋縅  (一勝) 3(寄切り)  1 神剣  (一敗)

荒岩  (一勝) 2(浴びせ倒し)1 獅子王 (一敗)

早蕨  (一勝)10(突き落とし)5 芙蓉峯 (一敗)

若吹雪 (一勝) 1(寄切り)  0 竹ノ花 (一敗)

伯耆富士(一勝) 4(切り返し) 0 曾木の滝(一敗)

玉武蔵 (一勝) 4(はたき込み)2 若飛燕 (一敗)

羽黒蛇 (一勝) 1(掬い投げ) 0 豊後富士(一敗)

 

 

二日目、波乱が起こった。玉武蔵と豊後富士の結びの取組。立ち合いから、玉武蔵は、豊後富士の顔面を張りまくった。美貌の力士、豊後富士はその美貌への攻撃をいやがるかと思われたが、そんなことはなかった。玉武蔵の豪腕をかいくぐり、なんとか懐に飛び込もうとする。そうはさせじとさらに突っ張る玉武蔵。激しい攻防が続いた。古老の中には、昭和三十年夏場所千秋楽、伝説の栃錦―大内山戦を見るようだったと振り返る人もいた。

豊後富士がようやく組み止めたが、両上手を引きつけ、玉武蔵は一気に土俵際に攻め込んだ。ここで豊後富士は、玉武蔵の巨体を腰にのせ大きく右から下手投げを放った。左の上手から潰そうとする玉武蔵。ふたりは同時に落ちたかとみえたが、玉武蔵が一瞬、早かった。豊後富士は顔面から飛び込んだ。

勝ち名乗りを受ける豊後富士の顔面は玉武蔵に張られ、真っ赤になっていた。左の顔面から流血。乱れた大銀杏で勝ち名乗りを受け、すっくと立ち上がる豊後富士。その立ち姿の美しさ。颯爽、少年美剣士、豊後富士照也。男一代の晴れ姿。

十八歳六ヶ月。金星獲得最年少記録である。

 

玉武蔵は、西の支度部屋に引き上げた。一番奥にどっかりと座る。一番負けたくない相手に負けてしまった。悔しい。記者連中が、玉武蔵を取り囲み、色々と質問を浴びせかけてくるが何も答えたくない。

その記者の集団の後ろに、大柄な相撲取りの姿がのぞいた。弟弟子の関脇荒岩である。見ると彼の付け人も全員付いてきていた。

横綱は、いつものように四股名ではなく、荒岩の本名で呼びかけた

「荒井か。何をしている。お前の支度部屋は東だろう」

「大将、残念でしたね。」

「おお、お前が仇をうってくれ」

「はい、豊後関とは序盤で顔が合うでしょう。必ず、勝ちます」

「頼むぞ。それを言うためにわざわざ残ってくれていたのか」

「いえいえ。大将、今夜は行かれるんでしょ」

「うん?」

「負けた時はベルサイユですよね」

「ああ、あそこのポンパドール夫人は、慰め上手だからな。またやる気にさせてくれる」

「行きましょう、ベルサイユへ。不肖荒岩亀之助、お供させていただきます」

「よし」

玉武蔵は、自分の付け人のほうを見やった。

「おい、ベルサイユに予約の電話を入れろ」

玉武蔵と荒岩の付け人全員から歓声が起こった。

横綱も荒岩関も、そこに行くときは、付け人全員に個室をおごってくれる。今夜は超高級ソープだ。

 

「横綱。今夜も吉原ですか。いいですね」

「おう、記者さんたちも一緒に行きますか」

「いえ・・・私たちはこれからが忙しいので、ちょっと」

とはいえ、サラリーマンの身の上では、とても行くことなど不可能な超高級ソープ様である。

もし、横綱がおごってくれるというのなら。仕事だって、締切だって、あとは野となれ山となれ。

行きたい。

だが、相撲取りは「ごっつぁん」である。

おごられるのが当たり前で、おごる、という生活習慣を持っている相撲取りなどいないはずだ。

この話はあぶない。

集まった記者たちは、暗黙の内にお互いの眼と眼を交わし、横綱の誘いを見送った。が、最近、相撲担当になり、そういう相撲界の慣習をきちんと教わっていなかった二人の若い記者が、「仕事は待合室でやればいいや」と、この大男たちの一行に参加した。

ニッポン新聞の清水記者と、さくらスポーツの野口記者である。

 

この種のお店で、客が、身分と本名を名乗って入店と言うことはあまり考えられないのだが「ベルサイユ」は、伝統のある一流店で、ファンの間では安心できるお店として定評があった。

お馴染み様で、身分のはっきりした人には、つけもOKであり、各種特典が用意されているのであった。

だが、名にし負う吉原の超高級ソープ「ベルサイユ」も、近年はなかなかに経営環境が厳しい。

一流店の格式も擲って「延長時間については、料金50%オフ」「新規お客様をお連れいただいたお馴染み様の入浴料の30%オフ」の二大キャンペーン実施中である。

今期の業務目標は、「売掛金の迅速な回収」である。その目標を達成するための具体的な行動指針として掲げたのは「ことのあった翌日に、お客様に請求書を送ろう」であった。この行動指針に従って、「ベルサイユ」から、ニッポン新聞の清水記者と、さくらスポーツの野口記者宛に、力士の分も含めた総額が等分された額面の請求書が送付された。

尚、二大キャンペーンについては、前者は一行の全員がその適用を受けたが、後者は記者二名と、力士の中で、最近入門した一名の計三名が、新規お客様なのであったが、当の連れてきたお馴染み様が、受付へのその旨の書面提出を怠ったので、適用はされなかった。

 

作者は、先程、不正確なことを書いた。

横綱も荒岩関も、そこに行くときは、付け人全員に個室をおごってくれる。という箇所である。

おごるのは、横綱と荒岩に同行する、そのときどきの後援者である。

横綱も荒岩も、後援者と付き合い、その種の場所に行くことになった場合は、後援者から渡されたご祝儀から、その分に相当する金額を付け人頭に渡し、お前たちも遊んで来い、と言ってくれる。あるいは後援者に、付け人たちもみんな遊ばせてあげないといけない、という気持ちになるような会話をする、と書くのが正しかった。

 

 二日目の取組結果(数字は幕内での対戦成績)

 勝                    負

近江富士(一勝一敗)1(上手出し投げ)0 満天星 (一勝一敗)

金の玉 (二勝)  1(押出し)   0 優翔 (  二敗)

荒岩  (二勝)  3(押出し)   0 神剣  (  二敗)

緋縅  (二勝)  4(寄切り)   1 獅子王 (  二敗)

伯耆富士(二勝)  7(はたき込み) 2 芙蓉峯 (  二敗)

早蕨  (二勝)  8(突出し)   1 若飛燕 (  二敗)

若吹雪 (二勝)  3(寄切り)   3 曾木の滝(  二敗)

羽黒蛇 (二勝)  1(寄切り)   0 竹ノ花 (  二敗)

豊後富士(一勝一敗)1(下手投げ)  0 玉武蔵 (一勝一敗)

 

 三日目の取組結果(数字は幕内での対戦成績)

 勝                     負

近江富士(二勝一敗) 1(送り出し)  0 北乃王 (二勝一敗)

金の玉 (三勝  ) 1(押出し)   0 光翼  (二勝一敗)

芙蓉峯 (一勝二敗) 3(寄り倒し)  1 緋縅  (二勝一敗)

荒岩  (三勝  ) 3(寄切り)   1 曾木の滝(  三敗)

若吹雪 (三勝  ) 1(突出し)   0 豊後富士(一勝二敗)

伯耆富士(三勝  ) 4(寄切り)   2 獅子王 (  三敗)

早蕨  (三勝  )13(押出し)   4 神王  (一勝二敗)

玉武蔵 (二勝一敗) 1(寄切り)   0 竹ノ花 (  三敗)

羽黒蛇 (三勝  ) 9(寄切り)   0 若飛燕 (  三敗)

 

四日目の取組結果(数字は幕内での対戦成績)

  勝              負

近江富士(三勝一敗) 1(寄り倒し)  0 翔翼  (二勝二敗)

金の玉 (四勝  ) 1(押出し)   0 若旅人 (三勝一敗)

荒岩  (四勝  ) 4(突出し )  2 若飛燕 (  四敗)

曾木の滝(一勝三敗) 4(外掛け)   3 緋縅  (二勝二敗)

早蕨  (四勝  ) 1(突き落とし) 0 豊後富士(一勝三敗)

若吹雪 (四勝  ) 5(寄切り)   2 神剣  (  四敗)

伯耆富士(四勝  ) 1(打棄り)   0 竹ノ花 (  四敗)

羽黒蛇 (四勝  )21(上手投げ)  3 芙蓉峯 (一勝三敗)

玉武蔵 (四勝  )20(押出し)   1 獅子王 (  四敗)

 

五日目の取組結果(数字は幕内での対戦成績)

  勝                   負

近江富士(四勝一敗) 1(上手投げ)  0 青翔  (三勝二敗)

金の玉 (五勝  ) 1(押出し)   0 神翔  (四勝一敗)

緋縅  (三勝二敗) 6(寄切り)   2 若飛燕 (  五敗)

豊後富士(二勝三敗) 1(寄切り)   0 荒岩  (四勝一敗)

伯耆富士(五勝  ) 5(内無双)   2 神剣  (  五敗)

竹ノ花 (一勝四敗) 1(押出し)   0 早蕨  (四勝一敗)

若吹雪 (五勝  ) 6(はたき込み) 0 獅子王 (  五敗)

玉武蔵 (四勝一敗)29(寄切り)   2 芙蓉峯 (一勝四敗)

羽黒蛇 (五勝  ) 4(寄切り)   0 曾木の滝(一勝四敗)

 

 荒岩が、二分を超える大相撲の末、兄弟子の横綱玉武蔵に次いで、豊後富士に敗れた。

取組後、荒岩が付け人を引き連れて西の支度部屋にやってきた。玉武蔵と荒岩は、お互いに黙って頷きあった。この菱形部屋コンビは、今や記者の間では秘かに(いや・・・露骨に)「ソープの義兄弟」と呼ばれている。

「記者さんたちも一緒にどうです」

声をかける横綱に応じる記者はいなかった。

 横綱玉武蔵は、自分の後援者の中で、最もスケベな某社社長の携帯電話の番号をプッシュした。

 

 ところで、例の請求書を受領したニッポン新聞の清水と、さくらスポーツの野口だが(この日の前日に到着)、清水は、送られてきた請求書に仰天し、心を大いに乱したが、場所も終盤に入ったあたりで、上司の笠間におずおずとその請求書を見せ、事情を説明した。

笠間は、自分も相撲を担当した経験があった。部下に対し、あらためて相撲界の慣習を説明した後、当該請求書に関しては、「継続的な取材対象者との、友好な人間関係を構築するための必要経費」という名目で、交際費で処理することとした。

 「天下のお関取とそういうところに一緒に行ったとなれば、本来であれば、こちらからご祝儀をお渡しするのが礼儀だ。まして今回は、相手は横綱と関脇なんだからな。まあ、この件については上に報告しておく。後日、「うちの若い者が、先日、懇ろなお世話になりまして」と言って、あらためてご挨拶となるだろう。うちの西尾社長も相撲はお好きだから、玉武蔵関と荒岩関となれば、「私が行く」と言われるんじゃないかな。その際は、多分、お前と私も同席を仰せつかるだろう。玉武蔵に荒岩か。うちの社長だって、経済界ではそれなりの立場におられる方だ。きっとこれまでの人生で一番高い食事が食べられるぞ」

 清水は、「どうすればいい」と悶々と悩み続けた時間を思い、夢にも思っていなかった結末に狂喜した。

「会食の際は、話の流れ次第では「それでは、今夜も行きますか」となる可能性もあるぞ。・・・いや、どう考えてもそうなるな。社長もそれなりにお好きな方だ。そうか。ベルサイユかあ」

笠間は、とろんとした目つきで、座っていた椅子の背に、深々と身を預けた。

清水記者は、このときほど、ニッポン新聞に入ってよかった、と思ったことはない。

 

 さくらスポーツは、「事前の申告が無かった」と、この請求書の会社経費としての支払いを却下した。野口は、自分の給料のほぼ二ヶ月分にあたる額を自腹で支払わなければいけない破目に陥った。野口は、結婚二年目、妻帯者である。

「嫁にどう説明すればいいんだ」と暗澹たる気持ちになった。

「巨大な体をしたお兄さんに、だまし取られた」という理由で妻が納得してくれるとは思えなかった。

 この話は、関係者の間にすぐに広まった。

 

 伯耆富士は「それは充分に殺人の動機になるな」と受け止め、

「ソープ横綱殺人事件」というタイトルが思い浮かんだ。

 だがこのタイトルでは、誰がモデルかあまりにも明らかだ。将来の一代年寄に、こんなことで目をつけられるのは避けておこう、との賢明な判断により、伯耆富士は、このタイトルの小説の執筆については、やはりまだ、一行も書かないうちに断念した。したがって、このタイトルの推理小説も、世に出ることはなかった。

 

 この話には、聞く人の涙を誘わずにはおかない美しい後日談がある。

二ヶ月分の給与がふっとぶことになった野口記者の元に、その金額を超える額面の商品券が送られてきたのだ。

送付主は、荒岩亀之助。

野口は、結局、収支計算で、二ヶ月分の小遣いにあたる額の利益を得たことになった。

 その利益分は、すべて、妻をなだめるためのプレゼント代で消えてしまったが、記者は、財政破綻を救ってくれたこの関取の、弱冠二十歳の若者とは思えない配慮にいたく感動した。

 野口は、荒岩の元に御礼を言うために赴いた。そのときの話で、あの日、野口が個室でともに時間を過ごしたデュバリー夫人は、かつて、荒岩のお相手をしたこともある女性であったことが判明した。

 ふたりは義兄弟の杯を交わし、終生の友情を誓ったのであった。

 

六日目の取組結果(数字は幕内での対戦成績)

  勝                   負

近江富士(五勝一敗) 1(上手投げ)  0 神天勝 (三勝三敗)

金の玉 (六勝  ) 1(押出し)   0 早桜舞 (四勝二敗)

荒岩  (五勝一敗) 4(首投げ)   3 芙蓉峯 (一勝五敗)

豊後富士(三勝三敗) 1(下手投げ)  1 竹ノ花 (一勝五敗)

若飛燕 (一勝五敗) 5(蹴手繰り)  3 若吹雪 (五勝一敗)

伯耆富士(六勝  ) 8(吊り出し)  1 神王  (二勝四敗)

早蕨  (五勝一敗) 7(押出し)   2 緋縅  (三勝三敗)

羽黒蛇 (六勝  )13(寄切り)   0 獅子王 (  六敗)

玉武蔵 (五勝一敗) 3(突き倒し)  0 曾木の滝(一勝五敗)

 

大関若吹雪が苦手力士である小結若飛燕に敗れ、幕内での全勝力士は、羽黒蛇、伯耆富士、金の玉の三人になった。

 中入りの、翌七日目の取組言上で、豊後富士-金の玉の対戦が告げられた。満員の客席から大歓声が起こった。

 

 豊後富士の左の顔面には、男の勲章ともいうべき、二日目の土俵で受けた傷がまだ残っていた。

 この傷が、自分の男としての、力士としての株を一段と揚げたことを、豊後富士は、充分に自覚していた。相撲のためなら、この美貌を犠牲にすることもいとわない少年力士。なんてかっこいいのだろう。

 支度部屋で、取り囲む記者から豊後富士は、明日の金の玉戦に臨む心境を訊かれた。

 対戦が決まれば必ず、この質問を受けるであろうことはもちろん想像できていた。

 その質問を受けたら、日頃、自分が思っていることを語ろうと豊後富士は決めていた。大きな話題になることは間違いない。

 「僕は、金の玉関の相撲と生き方を否定したいと思っています」

 その答えを聞いた記者たちの眼が輝いた。フンドシ王子が、大きなネタになることは間違いない話をしようとしている。

 「僕は、金の玉関のことは尊敬しています。年上とはいっても、相撲界への入門については、僕よりずっと後輩になるわけですが、あの人の相撲に打ち込む姿勢は凄いと思います。それに、とにかく強いです。もう何度も稽古していますが、僕はほとんど勝てたことがありません」

 正確に言えば、一度も勝ったことがないのだが、まあいいだろう。

 「でも、あの人の相撲を見ていると、息がつまるんです。あの人の相撲は、見ていて面白い相撲ではない。あまりに研ぎ澄まされ過ぎています。金の玉関の、相撲にかける必死な覚悟がそのまま伝わってきて、見る人を緊張させる相撲です」

 記者たちが熱心にメモを取る。

 「僕は、相撲にあまり精神的なものを持ち込んでほしくない。相撲はもっと単純明快なものだと思います。刹那の立ち合いとか言われて、ずいぶん騒がれていますが、相撲をそんなに窮屈にとらえることはないと思います。金の玉関は、相撲漬けの毎日を送っているようですが、それで楽しいんでしょうか。

 僕にはできないですね。

 稽古するときは、一生懸命稽古する。鍛えて、鍛えて、強くなる。そして、遊ぶべきときは遊ぶ。僕はそれでいいと思います。」

記者から確認の声が出た。

「関取。このコメント、記事にさせていただいて、いいのですよね」

「いいですよ。金の玉関に対する挑戦状と受け取ってください。もっとも今の段階では、まだあの人には勝てないと思います。でも二年後、三年後には、そうはいかないと思っています」

 よし、言うべきことを言った。フンドシ王子は顔が良いだけでなく、勝負根性もある。その上、きちんと自分の意見を語ることができる、と。いいね、いいね、僕。それに最後は、明日負ける予防線もちゃんと張っておいたし。二、三年の内には勝たないといけなくなっちゃったけど、それだけあれば、間違って一番や二番は勝てるだろう。

 が、豊後富士の中には、忸怩たる思いもあった。自分は、時代を担う運命をもった力士だという信念があったが、同じ時代にあの男がいるのであれば、自分は時代のNo.2にしかなれないではないか。

 でも、そんなことはないのではないか、とも豊後富士は思う。

 相撲の稽古と言うものが、どれほど短時間での集中を要するものか。そしてそのあと体を休めることもまた、不可欠なことのはずである。伝え聞くことをそのまま受け取れば、金の玉関は、毎日、自分の何倍もの時間の稽古をし、稽古以外の時間も相撲のことを考え続けているということになる。そんな生活を続けていれば、そう遠くない時期に、あの人は壊れてしまうのではないだろうか。

二年後、三年後には、そうはいかない、か。だが、あの力士にそれだけの時間が残されているのだろうか。

 時代を担うこの僕の前に輝いた、一陣の風、一瞬の光。それがあの人の運命なのではないだろうか。

 それは、自分自身を納得させるため、豊後富士が無理矢理に考え出したことである。が、その考えはそうはずれてはいないのではないだろうか。彼はそう思った。

 

豊後富士が記者に語ったコメントは、直ちにインターネットにアップされた。

 

「征士郎、入るぞ」

そう断って、武庫川親方が、金の玉の部屋に入ってきた。

親子であっても、このふたりの間に、普段、会話はほとんどない。

武庫川は、息子を見ていて、痛ましくて仕方がない。

なぜ、こんな生き方しかできないのか。

 征士郎の大相撲界への入門が決まると、武庫川は、直ちに瀬戸内部屋を出て、独立した。

師匠ひとり、弟子ひとりの武庫川部屋。

この行為については、協会の内外からずいぶんと批判を受けた。

「それまでずっと瀬戸内部屋で厄介になっていながら、超有望力士を自分ひとりで囲い込むための忘恩行為」と。

そしてその理由が、金の玉に、関取ではない若い衆が行わなければならない、付け人としての雑務をさせないためであるということが知れ渡ってからは、その批判の声はさらに大きくなった。

相撲界の長きにわたる伝統を無視する行為である、と。修行経験のない関取など、存在させたらいけない、と。

しかし、我が息子は、そんな世間の常識とはかけはなれた人間だ、ということが、父である武庫川にはよく分かっていた。

征士郎は、いつも相撲のことしか考えていない。相撲に憑かれた男だ。それ以外のことなど何もできない。付け人の仕事などできるわけがない。

息子は・・・。武庫川は認めざるをえない、相撲以外のことについては無能力者であり、生活不適格者であると。

幼いころはそうではなかった。弘子が家にいた間は、明るくて活発な子だった。弘子が家を出てからは、母のことを思ってよく泣き、いつも自分にくっついていて、随分と甘えん坊になったが、境遇を考えれば、それは仕方がないことだろう。生活に関しては、母親がいない分、自分のことに関しては、むしろ他の同年代の子よりも、しっかり自分でやっていた。

変わったのは。そう、小学校六年生になった春からだったろう。相撲の稽古に臨む態度が、それまでより、さらに一段、真剣になった。そして、その分、その他のことに関しては、えらく無頓着になった。

中学時代、よく、学校の先生から注意を受けた。学校のなかで、他の生徒から浮いていて、ひとりでいることが多く、集団生活になじめないのではないかと。

でも、その段階では、中学を卒業して、相撲界に入門し、部屋で若い衆としての厳しい生活を送れば、それで矯正されるだろうと多寡をくくっていた。

高校に入ったら、さらにひどくなった。学校にも行かないようになったし、高校の相撲部にも行かず、瀬戸内部屋でただひたすら稽古に励む毎日だった。高校時代、色々な大会で、優勝したけれど、相撲部の他の連中とは、その大会のときに一緒に出場するだけで、普段は、ほとんど交流はなかった。

 

師匠ひとり、弟子ひとりの部屋。

征士郎を、それでも人間としての生き方をさせてやろうと思えば、こうするしかなかった。私が保護してやらなければ、息子は生きていくことなどできないのだ。

幸い、幼少時代から征士郎を見続けてきている瀬戸内親方も、征士郎がどういう人間かは理解してくれていた。

それにしても、と、武庫川は思う。征士郎のあの研ぎ澄まされた相撲が、そして、ひとつのことだけに憑かれてしまった生活が、いったい、いつまで続けられるというのだろう。ただのひとりの人間の精神と肉体の、その限界は、いったい、いつやってくるのだろう。

武庫川は、もうそう遠い日ではないであろう崩壊の予感におののいていた。

 

 武庫川は、征士郎に、豊後富士の談話の概略を伝えた。豊後富士は、無意識であろうが、征士郎の相撲と生活の本質をつかんでいた。

 それを伝えたら、征士郎が何か反応を示さないか。あるいは、自分自身のことを考えてみる、その契機にでもならないだろうか。

 

 征士郎は、父の話を聞き終えると、ぽつんとつぶやいた。

「そう、豊後関が、そんなことを言っていたの」

しばらく待った。が、息子は黙ったままだった。やはり何も話さないか。

武庫川が、あきらめて引き揚げようとしたとき、

 征士郎がまたぽつんと言った。

「僕は平凡な男だから。才能なんてない。ただの男がはるか高くまで昇りたいと思ったら・・・」

 征士郎は、それ以上は、何も言わなかった。

「父さん」

「ん」

「四股をふんでくる」

武庫川部屋に土俵はない。朝稽古は、瀬戸内部屋に出かけている。

しかし、征士郎は、本場所中の夜も、思い立てば近所の公園に行き、四股をふみ、古木に向かっての鉄砲を繰り返す。

「征士郎」

武庫川は叫んだ。

たったひとりの息子に、そしてたったひとりの家族に、背中から抱きついた。

「もう、やめよう。やめてくれ征士郎。相撲だけが、相撲だけが人生じゃないんだ。才能がないのならそれでいいじゃないか。豊後関も言っていただろう。楽しんだらいいじゃないか。何かほかのこともやってくれ。横綱だって、大関だって、みんな相撲だけじゃないぞ。ちゃんと楽しくやっているじゃないか。普通に、真面目に稽古して。それで行ける場所までいけたら、それでいいじゃないか」

 息子が振り返った。

「父さん、ごめん」

またぽつんとつぶやいた

「僕は、相撲しかできないんだ」

 

 

七日目の取組結果(数字は幕内での対戦成績)

  勝                   負

近江富士(六勝一敗) 1(上手投げ)  0 萌黄野 (五勝二敗)

金の玉 (七勝  ) 1(押出し)   0 豊後富士(三勝四敗)

曾木の滝(二勝五敗) 2(寄切り)   3 獅子王 (  七敗)

荒岩  (六勝一敗) 2(寄切り)   0 竹ノ花 (一勝六敗)

早蕨  (六勝一敗)11(送り倒し)  4 芙蓉峯 (一勝六敗)

若吹雪 (六勝一敗) 5(割出し)   2 緋縅  (三勝四敗)

伯耆富士(七勝  ) 6(引き落とし) 1 若飛燕 (一勝六敗)

玉武蔵 (六勝一敗)26(吊り出し)  1 神王  (二勝五敗)

羽黒蛇 (七勝  )18(寄切り )  0 神剣  (一勝六敗) 

 

八日目の取組結果(数字は幕内での対戦成績)

  勝                   負

近江富士(七勝一敗) 1(押出し)  0 神天剛 (五勝三敗)

松ノ花 (六勝二敗) 2(寄切り)   0 豊後富士(三勝五敗)

曾木の滝(三勝五敗) 3(突き落とし) 4 若飛燕 (一勝七敗)

金の玉 (八勝  ) 1(押出し)   0 荒岩  (六勝二敗)

伯耆富士(八勝  ) 1(寄切り)   0 北斗王 (四勝四敗)

早蕨  (七勝一敗) 9(押出し)   4 神王  (二勝六敗)

若吹雪 (七勝一敗) 8(寄切り)   2 芙蓉峯 (一勝七敗)

羽黒蛇 (八勝  ) 9(押出し)   0 緋縅  (三勝五敗)

玉武蔵 (七勝一敗)19(寄切り)   5 神剣  (一勝七敗)

 

九日目の取組結果(数字は幕内での対戦成績)

  勝                   負

近江富士(八勝一敗) 1(上手投げ)  0 若旅人 (六勝三敗)

若飛燕 (二勝七敗) 2(突出し)   0 竹ノ花 (二勝七敗)

曾木の滝(四勝五敗) 1(上手投げ)  0 豊後富士(三勝六敗)

伯耆富士(九勝  ) 6(上手出し投げ)1 緋縅  (三勝六敗)

金の玉 (九勝  ) 1(押出し)   0 早蕨  (七勝二敗)

玉武蔵 (八勝一敗) 6(寄り倒し)  2 若吹雪 (七勝二敗)

羽黒蛇 (九勝  ) 6(上手投げ)  0 荒岩  (六勝三敗)

 

十日目の取組結果(数字は幕内での対戦成績)

  勝                   負

近江富士(九勝一敗) 1(寄切り)   0 早桜舞 (七勝三敗)

竹ノ花 (三勝七敗) 1(はたき込み) 0 曾木の滝(四勝六敗)

芙蓉峯 (二勝八敗) 3(突き落とし) 2 若飛燕 (二勝八敗)

荒岩  (七勝三敗) 5(上手投げ)  1 神王  (二勝八敗)

緋縅  (四勝六敗) 1(押出し)   0 豊後富士(三勝七敗)

金の玉 (十勝  ) 1(押出し)   0 若吹雪 (七勝三敗)

羽黒蛇 (十勝  )18(寄切り)   2 早蕨  (七勝三敗)

伯耆富士(十勝  ) 5(下手投げ)  7 玉武蔵 (八勝二敗)

 

十一日目の取組結果(数字は幕内での対戦成績)

  勝                   負

豊後富士(四勝七敗) 1(突き倒し)  0 若飛燕 (二勝九敗)

曾木の滝(五勝六敗) 2(寄切り)   0 松ノ花 (七勝四敗)

荒岩  (八勝三敗) 1(寄り倒し)  0 近江富士(九勝二敗)

金の玉 (十一勝 ) 1(押出し)   0 伯耆富士(十勝一敗)

早蕨  (八勝三敗) 8(押出し)   5 神剣  (三勝八敗)

玉武蔵 (九勝二敗) 6(押出し)   0 緋縅  (四勝七敗)

羽黒蛇 (十一勝 )10(寄切り)   1 若吹雪 (七勝四敗)

 

十二日目の取組結果(数字は幕内での対戦成績)

  勝                   負

豊後富士(五勝七敗) 2(外掛け)   0 光翔  (七勝五敗)

曾木の滝(六勝六敗) 2(寄切り)   2 神剣  (三勝九敗)

若飛燕 (三勝九敗) 4(引き落とし) 3 獅子王 (一勝十一敗)

緋縅  (五勝七敗) 1(寄切り)   0 松ノ花 (七勝五敗)

伯耆富士(十一勝一敗)5(寄切り)   2 荒岩  (八勝四敗)

若吹雪 (八勝四敗 )6(寄切り)   6 早蕨  (八勝四敗)

羽黒蛇 (十二勝  )1(上手投げ)  0 近江富士(九勝三敗)

金の玉 (十二勝  )1(押出し )  0 玉武蔵 (九勝三敗)

 

横綱羽黒蛇と、金の玉は、十二戦全勝同士で、十三日目の結びの一番で顔を合わせることになった。

 

その前夜、

横綱羽黒蛇は、彼のマンションの居室にいた。彼は、本場所中、外出することはほとんどない。いつもの東京場所であれば、彼は、夜はこの居室で、AKB48の映像を見て、心をリラックスさせる。

だが、この夏場所では、彼が毎日見ているのは、美少女の集団ではなく、ひとりの若者の映像だ。

 

金の玉征士郎。この夏場所の取組映像。

羽黒蛇は、この男は、またさらに強くなっている。と思う。

 

少年時代に羽黒蛇が、近所にあったクラブに入り、相撲を取り始めて何ヶ月かたったころ、彼は、貴乃花光司の相撲の映像を見る機会があった。

彼が、横綱になる直前の場所の映像だった。

対戦相手が攻め込む。上半身は相手の動きに応じているが、下半身は乱れない。流れのままに対応している内に、いつの間にか、相手は土俵際に追い込まれている。貴乃花は、そっといたわるかのように、土俵の外に運ぶ。

少年羽黒蛇は驚愕した。相撲を始め、その世界に深くのめりこむようになった彼は、よほどの力量の差が無ければこの相撲は取れない、と思った。

この相撲こそ、自分が目指すべき理想の相撲。掲げた目標に向かって、羽黒蛇はひたすら修行を重ねた。いかなる相手の動きに対しても柔軟に対処し、相手を包み込み勝利を得る円の相撲。ようやくその相撲を完成させることができたと自覚した時、彼の連勝が始まった。

 

金の玉の相撲は、相手のことなど何も考えない。ただひたすら自分を貫く相撲だ。いっさいの無駄を排除して、単純に必要最小限の動きで勝利する、直線の相撲。

相手がどんな力量であっても、どんな相撲を取ろうとも、この一本調子の相撲を貫き通す。

それにしてもと、羽黒蛇は思う。

なんという体の動きだ。その全身の力が、いっさい放散されることがなく、ただ「押す」という一点に集中されている。人とはこんな動きができるものなのか。これは神の領域に達した人間の動きではないのか。

ただの人に対して、簡単に神などと言う表現はしたくない。しかし、この私は、人として力士の最高の領域まで達することができた、と自負している。それを超えるものを見せられてしまったら、神と表現するしかないではないか。

私は、これまでの人生を振り返って、この私ほど相撲のことを考え続け、相撲と言うものを深く理解することができた男はいないと思っていた。

だが、この男は、その十九年間の人生で、私よりもさらに深く相撲と関わってきたのだろう。そうでなければ、こんな相撲が取れるわけがないではないか。

この男の強さは、こんな高みまで達してしまったのか。

 

先の後の先の立ち合いか。あれは、たかだか三週間ほど前のことだった。元々、本場所であの立ち合いをするつもりはなかったが、仮に今、あの立ち合いをしても、もうこの男には勝てないだろう。

 

なぜ、ここまで強くなったのだろう。ただひたすら相撲の修行に打ち込み続けた男が、十八歳、十九歳とだんだんと大人の体になっていったから、ということか。

では、この男は二十歳、二十一歳、二十二歳と年齢を重ねるにしたがって、さらに強くなっていくのか。いや、それはありえない。と羽黒蛇は思う。

この男の強さは、もう神の領域に達した。人としての肉体と精神をもっているものが、神の領域に達してしまったら・・・・・・その身はもう滅びるしかないだろう。

 

明日の対戦は、本場所における、私と金の玉とのたった一度きりの対戦になる。羽黒蛇はそう予感した。やがてその予感は確信に変わった。

 

明日、私はどういう相撲を取るのか。

羽黒蛇は決心した。

受けよう。受けて、受けて、受け切ろう。

人として、最高の力士として、誇りをもって神の押しを受け止めよう。わが身が堪え得るその瞬間まで。

 

武庫川親方は、ひとり息子の部屋にはいった。

豊後富士との相撲に勝利し、そのあと、関脇、大関、横綱と、対戦相手の地位が上がっていっても、我が息子は、勝ち続けた。

強豪、強豪、さらなる強豪と。相撲を取るたびに、征士郎のたたずまいから、現実感が薄れていく。我が子はまだ、この現実の世界を認識しているのだろうか。その心はもう、別の世界に行ってしまっているのではないのだろうか。

又造は息子と何か話がしたかった。相撲のことや、人生がどうとか言ったことではなく、そこらに転がっているようなごくごく平凡なことを話したかった。

だが、征士郎と、いったいいつそんな話をしただろう。

又造は、ずっとその部屋にいた。

征士郎は、又造が同じ部屋にいることさえ意識してはいない。

又造は、たとえ何も話すことができなくても、無言で、ただひたすら精神を集中させ続けている息子のすぐそばで、同じ時間を過ごしたかった。

 

 

 土俵の向こうに、金の玉征士郎が、静かに座っていた。

 この男はこんな顔をして、呼び上げを待っているのか。羽黒蛇はそんなことを思った。

立呼出しが、羽黒蛇と金の玉の四股名を呼び上げる。

 地を震わすような大歓声が轟く。

 東横綱、羽黒蛇六郎兵衛、五十二連勝。

 東前頭十六枚目、金の玉征士郎、初土俵以来三十四連勝。

ついにそのときがきた。

 

 土俵に上がる。

 相対して礼をする。

力水を受ける。

塩を手に取り、蹲踞をして、背中で立行司の結びの一番の呼び上げを受ける。

塩を撒く。

塵手水を切る。

再び塩を取り、塩を撒く。

土俵中央で相対して四股をふむ。

 羽黒蛇と金の玉。ふたりのすべての所作がぴたりと合っていた。

 羽黒蛇は目に映っていようが、映っていまいが、金の玉の動きを、その呼吸にいたるまでを、全身で感じ取った。

 また塩を取りに行く。土俵に向かって振り返る。

 金の玉も同じタイミングで振り返っていた。

 

 土俵の上にいる行司が消える。

土俵を掃く呼出しが消える。

土俵の下にいる、勝ち残りと負け残りの力士が消える。

検査役が消える。

すべての観客が消える。

 

この広い天と地の間で、存在するのは、ただ彼と我のふたりのみ。

そうか、金の玉征士郎よ。お前は、こんなところまで私を連れてきてくれたのか。

 

最後の仕切。

両手をつく。

静止する。

立ち合う。

後刻の確認によっても、刹那の差もない同時の立ち合い。

当たる。

金の玉が押す。

羽黒蛇が受ける。

土俵際までしばしの距離を残して止まった。

両力士の静止時間は六秒に及んだ。後に「凍結の六秒」と称される時間である。このときの、押し込む金の玉と、受け止める羽黒蛇の姿は、相撲の攻防の理想の型が具現化した姿として、その映像、画像は、様々な場所で引用されることになる。

金の玉は押した。おのれの十九年の人生を。相撲のことを思い続けた精神と、鍛え続けた肉体の、そのすべてをこの刹那にかけて。

羽黒蛇は受けた。おのれの二十六年の人生を。相撲のことを思い続けた精神と、鍛え続けた肉体の、そのすべてをこの刹那にかけて。

だが、羽黒蛇の精神と肉体は、その最も深い場所で、明日も、そしてその先も相撲を取り続けることを選択した。

凍結の六秒が経過し、時間が再び動き出す。

羽黒蛇がじりじりと下がる。

金の玉は、押して、押して、押し切った。

 

 羽黒蛇の足が、土俵の外にでるやいなや、金の玉の動きはぴたりととまった。これまで勝利しつづけた三十四番と同様、金の玉の体は、土俵の俵の中に残った。

 そのまますっくと立ち、土俵の外から、土俵に上がろうとする羽黒蛇に手を添えた。

 

 対戦を終えた両力士は、東西に分かれ、礼をする。

 金の玉は、美しい所作で勝ち名乗りを受け、常と変らぬ姿で、支度部屋に引き上げた。

 

羽黒蛇が土俵を割ったあとの、いつもどおりの金の玉の姿は、彼の肉体が記憶する、力士としての最後の矜持だった。

 

支度部屋に駆け付けた武庫川親方が見たのは、常の人としての光を完全に失った、ひとり息子の眼だった。

又造は征士郎を抱きしめ、まだ髷の結えないその頭をゆっくりと撫でた。

 

十三日目の取組結果(数字は幕内での対戦成績)

  勝                   負

豊後富士(六勝七敗) 1(上手投げ)  1 早桜舞 (九勝四敗)

若飛燕 (四勝九敗) 4(引き落とし) 1 北斗王 (六勝七敗)

曾木の滝(七勝六敗) 4(寄切り)   1 神王  (三勝十敗)

緋縅  (六勝七敗) 1(寄切り)   0 竹ノ花 (四勝九敗)

荒岩  (九勝四敗) 3(寄切り)   4 若吹雪 (八勝五敗)

伯耆富士(十二勝一敗)8(首投げ)   4 早蕨  (八勝五敗)

玉武蔵 (十勝三敗 )1(突き倒し)  0 近江富士(九勝四敗)

金の玉 (十三勝  )1(押出し)   0 羽黒蛇 (十二勝一敗)

 

 

 

夏場所が終わり、金の玉の病状が明らかにされた。再起不能になったというニュースが全国に流れた。

父である武庫川親方から、金の玉征士郎の引退届が提出された。

 

相撲協会は、特別な措置として、夏場所の星取表の十四日目に記された、金の玉の不戦敗の記録を抹消すると発表した。

星取表に関して協会が決めたことはそれだけだったが、十四日目の対戦相手となるはずだった曾木の滝から、協会に対して直ちに、

「私の不戦勝の記録も抹消してほしい」

との申し入れがあった。

その白星により、曾木の滝は、初めて三役で勝ち越すことになったわけだが、協会は、瀬戸内部屋に入門以来、成長し続ける征士郎少年の、稽古相手をずっと勤め続けてきた男の思いを慮り、この申し入れを受理した。

 

征士郎の再起不能のニュースが流れた翌日。

出奔していた弘子が、十四年ぶりに又造の元へ帰ってきた。

又造は、弘子を責めた。

「なぜ、征士郎がこうなる前に戻ってきてくれなかった。あいつはな。入門するとき、四股名をどうするか尋ねた俺に「金の玉」と躊躇なく答えたんだぞ。お前が受け狙いの冗談で思いついた四股名を、あいつは「母さんが考えた四股名だから」と言って、それはそれは大切にしていたんだぞ。俺だってお前が出たあとも四股名は変えなかった。どうして俺たちの気持ちを分かってくれなかったんだ」

「あなたが、私が出て行っても、四股名を変えなかったのは知っていたけど、あのころの私は新しく手に入れた自由な生活に夢中で、あなたの気持ちを考えることはできなかった。でも何年かたって、八年前だったと思う。どうしてもあなたたちに逢いたくなって、もう一度一緒に暮らしたくなって、戻ろうと決心したことがあったの。お詫びして、お詫びして、許してください、と頼んで。許してもらえなくても、そのまま居座ろうと考えたわ。でもちょうどそのときに、征士郎が、天才相撲少年と書かれている記事が目に入ったの。今、帰ったら、ずっと放っておいたのに、息子が有名人になったら、すぐ戻ってきたみたいであんまりあざとすぎる、と思って、戻ろうとする自分が許せなくなったの。それからも征士郎は、どんどん有名になっていったから」

あざといのは、お前の持ち味じゃないか。なんで、一番肝心なことに限って遠慮する。

又造はしばらく黙った。

 「弘子」

 「はい」

 弘子が、緊張して又造を見る。

 「よく、戻ってきてくれたな」

 そうか、この人は、こんな場面でこんな台詞を言うんだ。そう、たしかにこの人はこんな人だった。

 「弘子、長生きしてくれよ。俺も長生きする。俺たちは、征士郎より先に死ぬことは許されないんだからな」

弘子はそれ以降、又造以上に、大きな赤ちゃんになってしまった征士郎の面倒を見続けた。

 

金の玉征士郎が、幕内力士としてたった一場所出場した夏場所の翌名古屋場所、相撲協会審判部は、その番付に、既に引退している金の玉征士郎の名前を残した。

 

番付表で、息子の四股名の上に記された、自分が届かなかった地位の文字を見て、武庫川親方は肩を震わせて泣いたという。

 

武庫川部屋は閉鎖されることなく、又造はそれから、入門を志願する弟子を受け入れた。

 

武庫川部屋に入門した若い力士たちは、朝起きると、先ず、親方夫妻の居室に入り、挨拶をする。

そのあと、夫妻のひとり息子が日常を送っている部屋に入り、挨拶する。

征士郎は、この挨拶に対し、いつも機嫌よさそうに、にこにこと応じた。

 

やがて、武庫川部屋に稽古場が出来た。部屋は自前の土俵を持った。

親方夫妻は、あるいは息子の正気が戻る切っ掛けにならないか、との儚い望みをかけ、新しくできたばかりの稽古場に、征士郎を連れてきた。

征士郎は、しばらく土俵のほうを見やったかと思うと、怯えたような表情になり、その目からぽろぽろと涙が零れ落ちた。

夫妻は、もう二度と征士郎を稽古場に入れなかった。

 

 

力士、金の玉征士郎。

 

最高位、東関脇。

金星獲得数 二。

殊勲賞 一回。

敢闘賞 一回。

技能賞 一回。

幕下優勝 一回。

十両優勝 一回。

幕内最高優勝 なし。

生涯通算成績 三十五勝無敗。

 

2010年4月 3日 (土)

小説 緊褌巻 (中村淳一)

緊褌巻(改訂版)

                              1

 僕は自分のことを割りとハンサムだと思っている。もっとも他人からそう言われたことはない。しかし、鏡に自分の顔を映して、顎をひいて、ちょっと上目遣いに鏡を見ると、そこにはなかなかに魅力的な男性がいるのだ。

 中学時代は女の子と付き合ったことはない。別に何もしなくても女の子の方から「付き合って下さい」と交際を申し込まれるだろうと思っていたのだが、そういうことは起こらなかった。クラスに好きな女の子もいたのだが、自分の方から申し込むと、付き合っている間や、将来結婚した時、精神的に優位に立てなくなるので、何も行動は起こさなかったら、そのうちにその女の子は、他の男の子と付き合い始めた。その子とは、きっと将来結婚することになるだろうという予感があったのだが。可愛い子だったけれど仕方がない。高校も別になった。まあ今後、一発逆転ということにならないとも限らない。いや、きっとそうなるだろう。

 今日は高校の入学式。新しい生活が始まるその第一歩だ。中学の時に比べれば女の子も大人になっているわけだし、きっと僕の魅力にも気がついてくれるだろう。たしかにある程度の年齢が加わらないと僕の良さというのは分からないかもしれない。

 僕が通うことになったのは、自宅から南に三分も歩けば着いてしまう県立高校だ。子供の頃からずっと「高校生になったらあそこに行くのだろうなあ」という目で見ていたが、やっぱりそうなった。道路を隔てた隣は僕が卒業した小学校である。

 入学式が始まろうとしている。校庭は新入生であふれている。

 突然、僕の視野が形づくる映像の、距離にして約十メートル先の一点が光った。思わず目を閉じた。そうして呼吸をととのえ、気持ちを落ち着けた。ゆっくりと目を開き、その光に目を凝らした。そこに信じられないほどの美少女がいた。髪はややウェーブのかかったセミロング。やや面長で、切れ長の目。鼻は・・・・・・いやいやこれではそこらにころがっている普通の美少女だ。ぴったりの形容詞が思いつかない。ただ、この場所にいるのだから新入生であることは間違いないのだろうけれど、年齢よりは大人っぽい。だから美少女というよりは、美人と形容したほうが良いのかもしれない。

 しばらくじっと見つめていると、美少女(年齢を重んじて、やっぱりこう表現しておく)の視線が僕のほうに動いた。一瞬視線が交差した。僕はスッと目をそらした。そらしてすぐに後悔した。

 「しまった。数秒間じっと彼女を見つめて、それから僕の最高の笑顔を送るのだった」おそるおそる彼女の方を見やったが、彼女の視線はもう別の方角に向けられていた。

 その時、僕はまわりにいる男子生徒が目と視線の角度は様々でも、ほとんどみんな彼女の方を見ているのに気付いた。

 「なあ、すごく綺麗な子がいるな」

くぐもった声が僕の後ろから聞こえてきた。僕の聴覚はそちらに総動員だ。

 「彼女だよ。杉野和美」

 「ああ例の、本当にすごく綺麗だなあ」

 杉野和美。その名前は僕にも聞き覚えがあった。僕の通っていた中学から数キロ北にある中学。そこにものすごく綺麗な子がいるという噂は聞いたことがある。去年、同じクラスの男子が何人か連れ立って「美少女鑑賞ツアー」と称して見に行ったりもしているはずだ。ツアー挙行後、しばらく騒いでいた。芸能界からもスカウトが随分足繁く通ってきているという話も聞いたような気がする。それほど評判になる美少女とはどんな子なのか。僕も興味があったが、偶然ではない出会いというのは僕の趣味ではない。身近に好きな女の子がいたこともあり、いつしか忘れていた。しかし、今日の出会いは全く意図したものではない。そういえば、さっきの掲示板に貼り出されていたクラス分けの名前の一覧表。僕は一年二組だったけれど、その中にたしか彼女の名前もあった。杉野和美という名前に、脳の片隅がチョコンと動いたのを覚えている。もっとも中学からずっと同じクラスで、一番仲が良い堀内とまた同じクラスになっていたので、そっちの方に気がとられていた。そうか、あれがあれだったのか。これは運命だ。運命の出会いだ。出会いは偶然でも、ふたりが結ばれるのは必然だ。彼女は数年後には島田和美になるのだ。おや、スギノカズミにシマダテツヤ。どちらも同じ六音じゃないか。どちらの姓もSで始まっているではないか。

 一年二組の教室に入った。やっぱり杉野和美と同じクラスだ。しかし、こうなると堀内と同じクラスというのは、むしろ厄介だ。彼はなかなか、いやとてもカッコイイ。頭も良いし、スポーツもよくできる。いつもクラスの女の子に一番人気があった。

 座席は出席番号順とのこと。ひとつひとつの席は独立しているが、一番右の列に男子が一番から並び、右から二番目の列に女子が一番から並ぶ。そして男子と女子の列が交互に並ぶとのこと。とすると、シとス。これは左隣になるのかと思ったが、ひとつずれた。彼女は僕の左後ろの席になった。彼女の隣に座っている男子の姓は高山。タよりシの方がスに近いじゃないか。君はタ行じゃないか。でも、その高山君というのは、三十歳くらいに見える小父さん顔だ。これなら大丈夫。それにしても、先月までは数キロ離れていたふたりの距離が今は二メートル弱。このペースならゼロになるのもすぐだ。

 

 担任の先生が前に立っている。ずいぶん若い。これで大学を卒業しているのか。高校を卒業したばかりといっても通用しそうだ。でもニコニコとしていて感じは良い。

 自己紹介によれば、今春大学を卒業したばかり。受け持ちの教科は歴史。市内の別の高校が母校だそうだ。

 名前は上本寿。

 先生が出欠を取り始めた。

 「石倉隆さん」「ハイ」

 「井上雅幸さん」「フアイ」

 女子生徒ならともかく、男子生徒をさんづけで呼ぶ先生には初めてお目にかかった。

 ・・・・・・

 「島田哲也さん」「ハイ」

 ・・・・・・

 「堀内慎一さん」「ハイ」

 ・・・・・・

 杉野和美の「ハイ」の声は高すぎも低すぎもせず、静かで、澄んだ声だった。

 「それでは一人ずつ自己紹介をお願いします。座席順にしましょうか」

 じっくりと自己PRに励む人もいれば、あっさりとすませる人もいたが、男子はみんな杉野和美を意識している気がした。先生は一人が終わるたびに、その内容について軽くコメントしたり、質問をしたりしていた。相変わらずニコニコとした顔で。それを繰り返しているうちに教室の中は和やかな雰囲気につつまれた。時折、笑いも起きた。

 いよいよ僕の番だ。あっさりいこう。

 「島田哲也です。覚文田中学出身です。趣味は読書と・・・・・・」

 ちょっと言いよどむ。どうしようか。やっぱりやめておこう。

 「以上です」

 「島田哲也さんですよね」

 「はい」

 「このお名前から想像するに、とても相撲が好きなのではないかと思うのですが、どうでしょう」

 何で分かるのだ。今まさにそのことを言おうか言うまいか迷った末に言うのをやめたのだ。僕はこの先生に会ったことがあっただろうか。僕が誕生してからこれまでの人生を超高速で再現してみた。その中の登場人物には・・・・・・どう考えても上本先生はいない。じゃあ何で・・・・・・僕は色々と思い巡らせたけれど分からない。

 「はい、好きです」

 「誰のファンなのですか」

 「北の湖です」

 「あ、やっぱり。でもそれはなかなか渋いですね」

 「先生も相撲が好きなのですか」

 「ええ、大好きですよ」

 「誰が好きなのですか」

 「もう六年前に引退していますけれど、北の富士が好きでした。その関係で九重部屋の力士を応援しているので今は千代の富士ですね」

 千代の富士か。二十歳で入幕してきた時は、将来は大関になるかと思ったこともあったが、二十四歳になった今も幕内と十両を往復している。関脇どまりだろうが、四股が綺麗で、精悍な力士だ。それにしてもこの先生、結構面食いだ。

 「相撲は見るだけですか。取る方はどうです」

 「好きです。小学生の時も中学生の時も誰彼構わず取っていました。でもなかなか相手をしてくれる人がいなくて。あ、あそこに座っている堀内はよく取ってくれましたけれど」

 堀内が真面目な顔をして、右手を小さく振っている。お前、その振り方だと皇室アルバムだぞ。

 「島田さんと堀内さんはお友達でしたか。堀内さんも相撲を取ることはやぶさかではないと。きちんと廻しを締めて取ったこともあるのですか」

 「いえ、それはありません。大抵、休み時間に制服のままで取っていました」

 「じゃあ、ベルト通しがよく切れたでしょう」

 「そうですね。みんなベルトだけをひっぱるのでよく切られました」

 「あれはズボンごと持たないとダメなのですよね」

 そう、その通りだ。僕は切られることはあっても切ったことはない。この先生、よく分かっている。

 「あの、先生は相撲を取っていたのですか」

 「ええ、大学生の時にね。ちゃんと廻しを締めて取っていましたよ」

 「ええー」という何人かの女子の悲鳴が上がった。先生は今の発言で、きっと来年の二月十四日にもらえるはずだったチョコレートの数を何割か減らしてしまっただろう。もしかしたら限りなくゼロに近くなったのかもしれない。黙っていたらそこそこのルックスではあるし、何せ若いから結構ファンもついただろうに。でも、それって何だかとても悲しい。

 「もっともこの体ですし、本格的に相撲部に入っていたわけではありません。同好会に入っていました。相撲部の稽古が終わったあと、土俵を使わせてもらっていたのです。稽古も自由参加でした」

 先生の身長は百七十五センチ。体重は六十二、三キロといったところだろうか。

 そうか、上本先生は相撲が好きなのか。それも生半可ではないレベルで。嬉しい。

 「読書の方は、どういうジャンルが好きなのですか」

 「色々です」

 本当は歴史小説が一番好きなのだが、先生の受け持ち教科であることだし、相撲の話で長い時間喋ったので、これ以上はやめておこうと思って、言わなかった。

 杉野和美の番が来た。彼女が軽やかに立ち上がった。よし、これでじっくりと見ることが出来る。まだしみじみと拝見させていただいていない。

 彼女が先生の方を見ていたずらっぽい表情で笑った。先生もニヤッとした。今までの生徒の時とは笑顔の種類が違う。二人は知り合いなのか。もしかして恋人同士なのか。七歳違いということになるが、先生は実際の年齢より下に見えるし、杉野和美はその逆だし、並んだとしても外見上は違和感は無い。それどころか、杉野和美のほうが年上に見えるかもしれない。男子が緊張している空気が感じられる。

 「杉野和美です。瓦林中学出身です。趣味は読書と・・・・・・」

 一拍おいた。

 「それから私もお相撲が趣味です。朝汐さんのファンです」

 何ともいえないどよめきが沸いた。

 男子の羨ましそうな視線が僕に集中する。いやあ、君達。庶民諸君。悪いね。申し訳ないね。それにしても、ああ、それにしても。何ということだ。僕は、僕は・・・・・・失神しそうだ。

 だけど気になるのは先生だ。

 「あのう、先生と杉野さんは知り合いなんですか」

 どこかからか、男子の質問の声があがった。よく訊いてくれました。

 「ううむ、どうせそのうちに分かってしまうでしょうから言っておきましょうか。親戚なんです」

 親戚か。でもどの程度の関係の親戚なんだろう。

 「僕は六人兄弟の末っ子でしてね。一番上の姉とは十三歳年齢が離れているのですが、彼女はその一番上の姉の娘なのです」

 叔父と姪か。それ素晴らしい。たしか従兄妹同士だと結婚できるが、叔父と姪は結婚できないはずだ。

 結局、最初の一時間目は自己紹介だけで終わった。

 休み時間になった。

 杉野和美は左後ろの席に座っている。共通の話題があるわけだし、ここは話しかけるべきなのだろう。しかし胸がドキドキしてしまって、とても口から声が出そうにない。

 「あのう、島田さん」

 彼女の声だ。向こうから話しかけてきてくれた。彼女も同級生の男子に対してさんづけで呼ぶのか。何て謙虚な一族だ。

 「は、はい」

 声がうわずっている。

 「よく、『国技』の投稿欄に載っていらっしゃいますね」

 いらっしゃいますね、ときてしまったか。となると、会話は最高級の丁寧レベルでいかないといけないか。

 「国技」というのは月刊の相撲専門誌だ。そうか、彼女は専門誌を読むほどに相撲が好きなのか。

 「はい、三回掲載されました」

 「あの投稿欄は名前の他に住所と年齢も載っていますよね。同じ市内に、同じ年齢で、とても相撲に詳しい人がいらっしゃるんだなあって思っていたのですよ」

 杉野和美は僕の名前を前から知っていたのか。何ということだ。

 えっと。僕の喋る番だ。彼女の瞳が僕を見つめている。瞼は一重。色は白い。

 「あの、朝汐のファンなんですか」

 「ええ、私、どちらかというとアンコ型のお相撲さんが好きなのです。いかにもお相撲さんという感じで、見ているだけでしあわせな気持ちになるのです」

 僕らの会話を聞いていた高山君が心なしか微笑んだような気がした。このお兄さんは八十キロは優にありそうだ。一般人にしてみれば、立派にアンコ型だ。顔は朝汐に・・・似ているぞ。

 「和美は前から『島田さんという人に会ってみたい』って言っていたものね」

 僕の左隣に座っている女の子が会話に加わってきた。隣の子は杉野和美の友達だったのか。結構可愛い顔をしている。杉野和美を見る前だったら惚れていたかもしれない。名前は・・・・・・覚えていない。

 ところで、今、何と言ったのだったっけ。僕の耳にそよ風のようにフワリと飛び込んだきた音波が頭の中に入ってきて脳細胞に浸透した。音波がようやく言葉としての意味をもった。僕はあがってしまった。さっきまでは運命の出会いだとか勝手にほざいていたけれど、ここまでうまくいってしまうものなのだろうか。こんなに出来過ぎた話があるだろうか。

 「あ、じゃ、じゃ、じゃあ」

 どもるな。

 「き、期待はずれだったでしょう」

 僕は、自分自身を割りとハンサムだと思っていると前に書いた。しかし、それは客観的に証明されたものではないし、主観的に言っても彼女に釣り合うほどの美少年とまで自惚れることはできない。

 「いえ、何となくこんな感じの人かなというイメージはあったのですけれど、イメージどおりでした」

 「どんなイメージだったのですか」

 彼女はニコッと笑ったが、何も答えなかった。これ以上こういう話を続けると心臓が破れる。話題を変えよう。でも相撲以外のことは思い浮かばない。

 「何でそんなに相撲が好きになったのですか」

 言った途端に気付いた。

 「あ、上本先生の影響ですね」

 「そうなんです。叔父は近所に住んでいましたし、小さい時からとても可愛がってくれたのです。色々とお相撲のことを教えてくれました。だから、物心がついたときには、もうお相撲が好きになっていました」

 「相撲でいえばいつ頃ですか」

 「最初に記憶にあるのは大鵬さんが横綱でした。柏戸さんが引退した時のこともうっすらと覚えているのです。叔父が『これで大鵬がたったひとりの横綱になっちゃった』と言っていたのが記憶に残っているのです。大関は北の富士さん、玉の海さん、琴桜さん、清国さんの四人でした。そのあとしばらくして北の富士さんと玉の海さんのふたりが一緒に横綱になったのですよね」

 「今、一ヶ所間違いましたよ」

 「え」

 杉野和美は、一体、どこを間違ったのかと、じっと考え込んでいる。その表情がまたたまらなく良い。

 「あ、分かりました。玉の海さんの大関時代の四股名は玉乃島でしたね。島田さん、やっぱりすごい」

すごいのは君だ。この子は一体。僕は心底驚いた。僕も幼稚園に通っていた頃から相撲は見ていたけれど、柏戸の現役時代のことなど知らないぞ。今、指摘したのは本で得た知識だ。そうか、僕は三月生まれだから、きっと僕より一年近く早く生まれているのに違いあるまい。

 「杉野さんの誕生日は四月か五月でしょう」

 どうだ、僕の推理はすごいだろう。

 「いいえ、三月です。三月六日」

 「あ・・・・・・、僕より十六日だけお姉さんなのですね」

 「島田さんも三月なのですか」

 「はいそうです」

 会話が途切れた。なにか話さなきゃ。

 「『国技』はですね」

 彼女が話し始めてくれた。

 「叔父がずっと買っているのです。私は普段は叔父の買ったものを読ませてもらっていたのです。最初に投稿欄で島田さんに気づいたのも叔父だったのですよ。この学校に赴任することが決まったときも叔父は『あの投稿欄に載っていた子も住んでいる場所から考えて、僕が行くことになった高校に入学してくるのではないかな』と言って楽しみにしていたのですよ」

 なるほど、さっきの自己紹介の時のことにやっと合点がいった。

 しばらく前から堀内がこちらの方をチラチラと見ている(堀内の席は教室の隅に近い列だ。ホならもう少し僕らの席に近くてもよさそうだが、このクラスの男子生徒はタ行とナ行がやたらに多い)。会話に混ぜてほしいのだ。でも彼は自称硬派で、女の子には関心がない、というポーズを中学時代にとり続けてきたから、自分の方から来る事は、プライドが許さないのだろう。とりあえず今は待て。あとで呼んでやる。

 それにしても、高校の休み時間というのはこんなに長いのだろうか。五分くらい前に二時間目が始まるチャイムが鳴ったような気がしたけれど、二時間目も引き続きホームルームだけれど、上本先生はまだ来ない。

 「和美。今日は随分おしゃべりね。いつもはおとなしいのに」

 僕の隣の女の子が二度目の割り込みだ。

 「うん、これまで叔父のほかにこんなにお相撲の話が出来る人はいなかったから嬉しくて」

 僕も嬉しいよう。僕だっていなかったのだよう。親戚にもいなかった。堀内がたまに相手になってくれたけれど、それほど詳しいわけではなかった。こんなに綺麗な子とこんな話が出来るなんて。僕は、僕は何てシアワセな奴なのだ。ああ「国技」よ。親に、「勉強もしないで」と叱られながら、何度も何度も繰り返し読み続けたあの日々よ。友達に嫌われながらも「相撲取って、相撲取ってよう」といやがる相手を無理矢理に抱え込んで右四つに組んで言ったあの日々よ。むくわれた。僕の十五年間は最高の形でむくわれた。

 「あの、島田さん」

 「はい」

 「叔父はこの学校にお相撲のサークルを創ろうと思っているのです。協力して下さいませんか」

 「はい、喜んで」

 僕は一呼吸おいて、頭を下げながら低音で続けた。

 「謹んでお受け致します」

 新横綱、新大関が誕生する時に、相撲協会の決定を伝える使者に対する、昇進力士の口上を真似たわけだけれど、杉野和美には当然通じた。

 「ワーイ」

 彼女が手を叩いて笑ってくれた。何て素晴らしい笑顔なのだ。

 「あ、あとで堀内さんも紹介して下さいね」

 ドキッとした。堀内が真っ直ぐにこちらを向いた。顔がパッと輝いている。お前、その距離で今の言葉がよく聴こえたな。

 「だって、堀内さんもお相撲を取られるのでしょう」

 堀内が立ち上がった。こちらに向かってくる。スリ足ではなく、スキップで。堀内よ。ついに来るのか。

 その時、教室の扉がガラっと開いた。

 「いやあ、ごめん、ごめん。教室が分からなくて迷子になっちゃった」

 上本先生が入ってきた。

 「ああ、疲れた」

 先生は教卓に両手をついて下を向き、肩を上下させている。もしここに水と柄杓があれば、稽古場で後輩力士が、胸を貸してくれた先輩に感謝の意を込めてするように、先生に水をつけてあげるのだが。

 おっと、堀内はどうした。彼の方を見ると、もうこちらに背中を向けて、自分の席に戻るところだった。まるで花道を引き揚げる力士のように、その後姿が寂しげだった。

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 入学式のあった週の土曜日の午後、僕と堀内と、それと何故か高山のお兄さんが連れ立って上本先生の家を訪ねた。一応の名目は「第一回相撲同好会設立準備委員会」だ。

 僕は知らなかったのだが、高山君も僕と同じ中学の出身らしい。言われてみて中学の卒業アルバムを見たら、確かにあの顔が載っていた。僕らは学校が終わったあと着替えだけをすませて、自転車に乗っ高校の正門前に集合した。そして北に向かってペダルを踏んだ。

 「どうする。先生の家を地図で調べたら、割と武庫川に近かったけれど、河原を走るか」

 と堀内が訊く。

 「そうしよう。その方が気持ちがいい。高山君もOKだよね」

 僕らは武庫川のサイクリングロードを上流に向かって走った。河原には所々、桜の木が植わっている。だが、昨日の雨でかなりの花が散ってしまった。でも雨上がりの大気がさわやかだ。甲山も今日はくっきりと見える。緑が鮮やかだ。川面を風が横切る。桜花が舞う。

 上本家の前に着いた。とても大きな木造家屋だ。家はずいぶんと古そうだったが、敷地がものすごく広い。門のチャイムを鳴らすと一分ほどして先生が顔を出した。たぶんこれでもチャイムが鳴ってすぐに出てきてくれたのだろう。

 「やあ、よく来てくれましたね。どうぞどうぞ」

 僕らは門をくぐって玄関に続く敷石を歩いた。

 「あ、今日はあとで和美も来ますから」

 その名前を聞くたびに僕はドキッとする。学校以外の場所で逢うのは初めてだ。

 「本当は学校が終わってすぐに来たかったみたいだけれど、今日はピアノのレッスンがあるのですよ。残念がっていました」

 「はい、そのことは今日学校で杉野さんから聞きました」

 「そうですか。哲也さんと和美はいつもふたりで話しているみたいですものね」

 そうなのだ。入学式の日以来、休み時間は僕は大抵、和美と喋っている(最近、僕の血圧は随分高くなっているのではないかと思う)。それはとても嬉しいことだけれど、僕はここのところの男子生徒の僕に対する冷たい視線が気になる。「何でお前ばっかり」と思っているのがよく分かる。仲には「相撲に詳しくなるにはどうすればいいのだ」と僕に尋ねてくる子もいたから、そういう相手には僕は出来るだけ丁寧に答えてあげた。

 「杉野さんは、先生以外に相撲の話をする相手ができて嬉しいみたいですね」

 「それだけでもないでしょう」

 え、それだけでもないって、それは一体どういう意味だ。

 「毎週土曜日がレッスンなのですか」

 堀内が訊く。

 「そうです。でもこれから相撲のサークルについての会合が土曜日になりそうなら、レッスンの曜日を変えると言っていました」

 これだけの会話が玄関に到着するまでの間に出来た。

 玄関に入ると、そこに品の良い五十歳代見当の、男性と女性がいた。

 「いらっしゃい」

 「両親です」

 先生が僕らに紹介してくれる。

 「お父さん、お母さん。僕のクラスの生徒さんです。」

 「もう学校の生徒さんが訪ねて来て下さったとはありがたいですなあ。さ、どうぞどうぞ」

とお父さん。

 「どうですかのう。寿はきちんとやっておりますかのう。この甘えん坊が学校の先生になって人様にものを教えると聞いた時にはびっくりしましたわい」

とお母さん。

 「はいはい、ああお母さん、お昼ご飯の用意はできていますか」

 「はいはい」

 手のかかった、けれども決して豪華すぎるということはないお昼ご飯をいただいたあと、僕らは二階の先生の部屋に入った。

 和室で十畳ぐらいだろうか。四畳半の我が部屋に較べて羨ましいことだ。それにしても、部屋中本だらけだ。

 「すごい本の量ですね。これみんな読んだのですか。」

とこれは僕。

 「途中で読むのをやめたのが半分くらいあります。本と相撲は生きる糧です」

 それにしてもすごい。僕も読書は好きなので背表紙をざっと眺めた。

 やっぱり歴史小説が多い。吉川英治、司馬遼太郎……。ギボンの「ローマ帝国衰亡史」やトインビーの「歴史の研究」もある。

 このへんは哲学書かな。「アナーキズム」「共産党宣言」「資本論」「フランス大革命」……そうか、この先生はこういう傾向の思想の持ち主か。「老子」「荘子」おや「論語」もあるな。 おおニーチェの「ツァラトストラかく語りき」だ。そうだよな。やっぱり「かく語りき」だよな。「このように語った」じゃきまらないよな。(作者注:邦題が色々あるという訳です。)

 ここらあたりは宗教書か。「聖書」も「仏典」も「コーラン」もある。三大宗教勢ぞろいだ。

 事典類も結構あるな。「世界宗教事典」「世界哲学事典」「世界SF文学事典」「日本皇室事典」おや、この先生は右翼なのか。

 伝記の類も相当ある。「アレクサンドロス」「カエサル」「チンギスハン」「ナポレオン」という文字が結構目立つ。英雄崇拝思想の持ち主か。ヒトラーやナチスに関する本もある。ファシストなのか。

 小説もいっぱいある。「ファウスト」「トニオ・クレーゲル」「戦争と平和」「風とともに去りぬ」「ジャン・クリストフ」「赤と黒」「人間の絆」「罪と罰」「カラマーゾフの兄弟」「レ・ミゼラブル」・・・・・・名作と言われている有名なものが多いな。あまり特定の作家に対するこだわりはなさそうだ。

 SF小説も多い。クラークの「地球幼年期の終わり」「都市と星」・・・・・・アシモフの「銀河帝国の興亡」「永遠の終わり」・・・・・・バロウズの「火星シリーズ」など。

 マンガもたくさんあるな。おや、ここの一角は少女マンガのようだ。作者名を見てみる。田淵由美子、岩館真理子、竹宮恵子、美内すずえ、陸奥A子、太刀掛秀子、文月今日子、みつはしちかこ、くらもちふさこ、弓月光、一条ゆかり・・・・・・。

 「先生は少女マンガも読むのですか」

 「姉が四人いますからね。その影響で小さい頃から読んでいます。今も『別冊マーガレット』と『りぼん』は毎月買っています。三日は『りぼん』、十三日は『別マ』だよんと。特に『りぼん』はいいですよ。マンガのキャラクターのついた封筒とか、便箋とか、メモ帳とか、その他色々と付録がつきますからね。あの三百五十円はとても安いと思います」

 「使っているのですか」

 「はい、和美への手紙などはそれを使っていました」

 「へえ、近くに住んでいるのに、手紙を出したりしているのですか」

 「あ、まだ言っていませんでしたか。僕は大学は東京だったのです。だから、こっちに住むのは四年ぶりなのです」

 僕はもう一度ぐるっと部屋を見渡した。肝心のものがない。

 「先生、相撲関係の本はないのですか」

 「ああ、この奥に相撲部屋があります」

 先生は襖を開いた。

 また部屋があらわれた。そこから相撲の風が吹いてきた。僕はエサに飛びつく犬のように、そちらに向かって突進した。

 すごい。

 「国技」が。創刊した双葉山時代からのものが全部揃っている。今まで欲しいと思いながらも高価で買えなかったいくつかの書名が頭に浮かぶ。そのひとつひとつを確認してみた。ある、ある、ある、みんなある。

 「先生」

 「はい」

 「しょっちゅう遊びに来させてもらってもいいですか」

 「哲也さんならきっとそう言ってくれると思っていました。いくらでも来て下さい。僕が家を留守にしていても勝手に入ってきてくれていいですから。両親にもそう言っておきます。家の合鍵も渡しておきましょう。とりあえず何か読みたい本があったら持って帰ってもいいですよ」

 僕はおもむろに、そっと[国技]の創刊号を取り出し、じっと表紙を眺めた。その場にどっかりと座り込み頁を繰った。

 「この二部屋とも先生が使っているのですか。いいですね」

 堀内の声がする。

 「ええ、上の五人の兄姉はもうみんな結婚していて、今、この家にいるのは両親と僕だけですからね。部屋が余っているのです。もっとも、兄姉の家はみんな結構近いので、よく遊びにやってきます。正月やお盆の時などは凄いですよ」

 初めて逢ってからまだ数日しかたたない人間に合鍵を渡そうとする人のいる家庭ならきっとそうだろう。

 さて打ち合わせが始まった。僕も本に未練を残しながらも話し合いに加わる。僕らの高校は、学校に届けさえ出せば、同好会を創るのは自由だそうだから、創設に関しては何の問題もない。

しかし、予算の付く正式の部になるためには、ある程度の人数と、そして何より実績が必要だ。

だから今すぐ[学校に土俵を造ってくれ」などと行っても無理だ。決めなければならないことはいくらでもある。稽古をどこでするのか。廻しをどうするのか。会費を集めるのかどうか。集めるとしたらどれくらい。いや、何よりも先ず、今のこの時代に、裸になって相撲を取ろうという人間がどれだけいるだろう。会員を募集することが先決だ。募集方法は。やっぱり、ポスター掲示ということになるだろう。

 「ポスターは和美が描くと言っています。あの子、イラストを描くのは得意だから」

 「杉野さんも同好会に加わるのですか」

 そういう話は僕は聞いていない。

 「勿論、マネージャーをするつもりですよ。え、哲也さんは聞いていなっかたのですか」

 聞いていない。

 上本先生がちょっと考えた。

 「ああ分かった。あの子にとっては、それは当たり前のことだから、哲也さんにはもう分かっていると思い込んでいて、とりたてて言いもしなかったのでしょう」

 そうか、彼女も同好会に加わるのか。じゃあ、会員募集の件は問題ないじゃないか。十人や二十人はすぐに集まるだろう。

 一時間ちょっとたった。少し前から僕はソワソワしている。

 「こんにちわあ」

 明るくて大きな声が一階から聞こえてきた。

 来た。それにしても和美は普段はこんなに大きな声を出すのか。

 ドタドタドタドタ。

 階段を駆け上がってくる音だ。彼女は普段は階段を走るのか。

 ザン、という感じで一気に襖が開いた。彼女は普段はこんなに……。

 でもそこに現れたのは、紛れもなくあの顔だ。あの光り輝く美少女だ。でも何か変だ。和美ってこんなに小さかったっけ。確か身長は160センチと言っていたけれど。

 「おや、昌代も来たのですか」

 「こんにちは」

 やわらかい声とともに、また別の女の子が姿を見せた。あれ、この子も和美だ。和美が二人だ。

 「どうもすみません。妹が『付いて行く』と言ってきかないもので、連れてきてしまいました」

 妹か。それにしてもよく似ている。でも落ち着いて見たら、体の大きさが全然違う。年齢の離れた姉妹なのだな。

 「いくつなのですか」

と堀内が訊く。

 「小学校二年生です」

 和美が答える。

 その昌代ちゃんは、僕たち三人を見回したかと思うと、

 「あ、あのお兄ちゃんカッコイイ」

と叫んだ。

 その視線の先にいたのは、僕、ではなく、高山君、でもなくて、堀内だった。姉に較べると、妹の方は普通の美意識の持ち主のようだ。

 昌代ちゃんは、堀内の方に寄ってきたかと思ったら、ちょこんとその膝に座った。顔はそっくりでも、性格はだいぶ違う。和美は僕の膝に……座らないだろうなあ。

 「あら、昌代ちゃん、駄目よ。堀内さんすみません」

 「いいですよ。若い女性にもてるのはうれしいことです」

 自称硬派も、相手が七歳ならOKか。だけど、和美とそっくりの顔の持ち主が堀内の膝に座っていると言うのは、見ていて穏やかではない。

 「本当にすみません。叔父さんが小さい頃からよく遊んでくれているものですから、この子は、若い男の人はみんな優しくて、よく遊んでくれると想っているのです」

 和美もちょこんと座る。勿論、僕の膝の上ではない。

 それにしても、私服の和美を見るのは初めてだ。いやあ、素敵だなあ。うちの高校の女子生徒の制服は、濃紺のダブルのジャケットで昔から変わらない、やや古風なスタイルだ。古典的かつ正統的美人の和美にはよく似合っているが、今日のクリーム色のカーディガン姿の彼女もとても良い。

 「ねえ和美。哲也さんは和美が同好会のマネージャーをする、ということは知らなかったみたいですよ」

 「え、そうなのですか。私、言ってなかったかしら」

 「はい」

 「それはすみませんでした。でも島田さんは、そのことはもうご存知だと思い込んでいました」

 「ね、やっぱりそうでしょう」

 同好会設立に関する話し合いをまた続けた。お姉さんの再三の注意にもかかわらず、昌代ちゃんは、堀内の手を引っ張って「遊ぼう、遊ぼうよう」と騒いでいる。注意といっても、ああ優しい口調で言っても子供はきくまい。結局、堀内は昌代ちゃんと遊ぶ係りになった。二人で家庭盤をやっている。僕の家は親戚が多くて、僕は子供と遊ぶのには慣れている。子供を楽しく遊ばせる自信なら大いにある。自称シングルエイジキラーだ。いざとなればこの僕が、と想っていたが、堀内で充分のようだ。(それに昌代ちゃんも、きっと堀内が相手をする方がいいのだろう。ふん。)堀内が、子供と上手に遊ぶことが出来るということは、初めて知った。

 途中、上本先生のお母さん、ちょっと前に中座していた和美が、紅茶とケーキを出してくれた。少し休憩だ。

 「杉野さんは、今ピアノで、どういう曲を弾いているのですか」

 と堀内が和美に尋ねている。堀内や高山君にしてみてら、ずっと相撲の話ばかりというのは疲れるだろう。申し訳ないなと思う。

 堀内の質問に和美が答えている。堀内はよくクラッシックを聴いているし、音楽には造詣が深いのだ。もうやめているけれど、ピアノを習っていたこともあるはずだ。こういう話になると僕は付いていけない。他の男の子と話をしている和美を見るのは寂しい。みんなこういう気持ちで和美と僕を見ているのか。すまないなあ。

 堀内との会話から聞こえてくる言葉の断片から類推するに、和美のピアノは相当なもののようだ。もっとも本人はしきりに謙遜しているが。

 「あの、先生の家にピアノはありますか」

 と堀内が尋ねる。

 「ええ、姉がみんな習っていましたからね。ありますよ」

 「杉野さんのピアノを聴かせてほしいのです。ぜひ」

 「そういえば、僕もしばらく聴かせてもらっていなかったですね。和美いいですか」

 「はい」

 和美は意外に素直に承知した。自信があるというより、彼女の性格から言って、人に頼まれると断れないのだろう。

 一回に降りて、ピアノの前に並ぶ。

 「何を弾きましょうか」

 「あれをお願いします」

 「あ、あれですが。叔父さん、大好きですものね」

 演奏が始まった。

 曲名は知らなかったが、僕にも聞き覚えのある曲だった。有名な曲なのだろう。激しい曲だ。和美が弾く曲としては意外な感じがした。それにしても指の動きがすごい。この曲を弾きこなしてしまうというのはたしかにすごいことなのだろうと、素人ながらそう思った。終わった。心がゆさぶられた。

 「ラ・カンパネラですか。超絶技巧ですね。すごい」

と堀内。

 「ありがとうございます」

 和美がチラッと僕の方を見る。僕も何か言わなきゃ。

 「感動しました」

 と、とってつけたような一言しか言えなかった。自分の持つ語彙の貧弱さが恨めしい。それでも和美はニコッと微笑んで、僕に向かって軽く頭を下げてくれた。

 結局、その日は夕食までよばれてしまった。

 「明日は休みだし、泊まっていきなさいよ」

 と先生のお父さんが言ってくださったし、先生からも勧められたけれど、さすがにそれは遠慮した。僕達は三人で自転車で五分くらいの距離にある和美の家まで、和美と昌代ちゃんを送っていった。昌代ちゃんは、くるときは、お姉さんの自転車の荷台に乗ってきただろうに、帰りは堀内の自転車の荷台だった。すっかり堀内が気に入ったようだ。堀内に色々と話しかけている。

 「ねえ、お兄ちゃん。私、大きくなったら、お兄ちゃんのお嫁さんになる。いいでしょ」

 「うん、いいよ。お兄ちゃん待ってる」

 「やったあ」

 杉野家に到着した。

 「それじゃあ」

 とそのまま立ち去ろうとしたら、和美が、

 「すみません。もう遅いから申し訳ないのですけれど、両親に挨拶させますので待っていて下さいませんか」

 と言って家の奥に声をかけた。

 玄関口にご両親が出てこられた。

 「父とははです」

 と和美が紹介してくれる。お父さんもお母さんも、穏やかそうな人だった。それにお二人とも予想通り美形だ。特にお母さんは。お母さん、お母さんだと。この人が上本先生が言うところの一番上の三十五歳の姉か。二十歳代前半としか思えない。和美は大人っぽくて、女子大生というのが、最も相応しいような外見をしているのに何故だろう。二人で並んでいると姉妹のようだ。お父さんもやっぱり三十歳を超えているようには見えない。(実際は三十七歳だと言うことは和美から聞いて知っているのだ。) 

 それにしても、和美のお母さん、和美、高山君の三人を並べて、その年齢を当ててもらうとしたら、その平均値は、二十四歳、二十一歳、三十三歳というところではないだろうか。

 「いつも和美がお世話になっています」

とお父さん。

 「今日は、昌代も随分お世話になったのですよ」

 「ああ、この子は騒がしかったでしょう。それはそれは」

とお母さん。

 「こちらが高山さん」

 「堀内さん」

 「島田さんです」

 ご両親の眼が、じっと僕にそそがれる。さっきの二人に対してよりも長いような気がするけれど、気のせいだろう。

 「ねえ、お父さん、昌代はこのお兄ちゃんのお嫁さんになるからね」

と昌代ちゃんが、堀内の手を引っ張る。

 「あらあら」

とお母さん。

 ご両親の視線が堀内の方に移った。

 「よろしかったらお茶でもどうですか。あがっていかれませんか」

とお父さん。

 僕は「はい」と言いそうになったけれど、堀内が、

 「いえ、今日はもう遅いですからこのまま失礼します。また今度伺わせてください」

ときりっと答えた。

 う、やはりその方が礼儀にかなうか。そのあたりのことは堀内にまかせておけば間違いないだろう。しかも今後について余韻を残す。堀内うまいぞ。

 「そうですか。またぜひいらして下さい」

 「お兄ちゃん。また遊びにきてね」

と昌代ちゃん。

 その横で和美が僕たち三人に向かって、

 「今日はありがとうございました。今後よろしくお願いします」

と頭を下げる。本当に丁寧な子だ。

 僕らは自転車のペダルを踏んだ。

 もうすっかり暗くなっている。玄関の門灯の淡い光の中で、四人の家族は視界から消えるまで、ずっと僕達を見送ってくれた。

 そして僕らは南は向かう。

 僕の自転車の荷台には十二冊の相撲の本が載っている。僕のジーンズのポケットには、上本家の合鍵が入っていた。

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 五月の連休が明けた最初の日曜日。今日は始めての稽古日だ。この稽古に参加する人数は、僕の予想をはるかに超えて四十七人。一年生が大部分だけれど、二年生もいるし、三年生も四人いる。ただ僕はこの四十七と言う数字に少し不吉なものを覚える。赤穂浪士と同じ数だ。結局、最後に残るのはたったひとりということになるのではないだろうか。だけど、もしひとりしか残らないとしたら、そのひとりは間違いなくこの僕だ。

 和美は「こんなにお相撲が好きな人が多かったなんて」と単純に喜んでいる。彼女はその原因が自分にあるということがちっとも分かっていない。約一ヶ月、彼女を見ていて気が付いたことがある。それは、和美は自分が類稀な美少女(どうもぴったりの形容詞が思いつかない)なのだという意識が欠落しているらしいのだ。そういう種類の人間がいる、それも女の子にいる、というのは僕には信じられないことだった。でも彼女を見ているとそうとしか想えない。ひとつ想い当たることがある。僕はあれから毎日のように上本家に出入りしている。最近ではよく留守番を頼まれるし、お使いを頼まれたこともあった。杉野家にもすでに三度お邪魔した(もっともこちらの方は、複数でしか伺ったことはない)。

 その時々で上本一族の人々(杉野家以外の先生のご兄姉のご家族の方にも何人かお逢いした)にお逢いして感じるのだが、総じてみなさん美男、美女だ。この環境で育てば、和美も他の家庭で育つよりは、容姿についてチヤホヤされることは少なかったろう。それにしても、家庭から外の世界ではいやというほど「可愛い。すごく可愛い」とか「綺麗な子だねえ」とか言われ続けてきただろうに。和美には自分を客観的に見る能力が欠如しているのだろうか。僕はそう思っていた。

 一度だけ、上本家で僕が留守番をしていると、和美がやってきたことがある。勿論、何か用事があって来たようだし、僕がそこにいることを知っていたわけでもない。

 このとき、僕は上本先生の相撲部屋で初めて和美と二人だけの時間を過ごした。そのころにはかなり自然に話せるようにはなっていた。色々なことを話した。相撲以外のことも多かったと思う。

 僕が和美に惹かれたきっかけは、その美しい容姿だった。しかし、彼女と色々なことを話すにつれ、その人間としての全体像にも強く惹かれていった。

 このときまでに、何度か私服の和美を見た。和美はいつも少女らしくはない大人っぽい雰囲気の服装をしていた。それが彼女の容姿によく似合っていた。彼女には子供っぽい格好は似合わないであろうことは容易に想像できた。派手な色を使うこともほとんどなかった。が、一度かなり明るい印象の派手めの色の服装をしていたことがあったが、それを着た和美はやっぱり品がよかった。高貴な花が、そのときは華やかな大輪の花を咲かせている。そんな印象を受けた。そのとき、ふと思った。美人も、可愛い子もそれなりに自分の容姿というものを意識しているだろう。だけど、和美くらいの美人だと、自分が美しいということは当たり前のことで、自分のもつ美というものについては無意識の境地に達してしまうのかもしれない。中途半端に頭が良い人、中途半端なエリートは、そのことを強く意識するが、本当に頭の良い人、本当のエリートはそういうことに対する意識が希薄になる、ということは以前、誰かに聞いたような気がする。和美ももしかしたら似たようなものなのかもしれない。いずれにしても和美は、彼女のもつ美にふさわしい服装をしていた。意識してか、無意識でか、は分からない。

 彼女と話をしていく中で、面白さに対する感性が一致しているということが分かった。世の中で僕が面白いなあと思うことが色々ある。その話をしても今までは「それのどこが面白いのだ」という感じで応じられたのだけれど彼女は違った。

 「僕らが小学校四年生の時に流行った歌ですけれど、桜田淳子の『はじめての出来事』という歌の歌詞で『大人びたふりをしてここまでついてきたが』というのがあるのです。あの『が』というのは、浮いていると思いませんでしたか」

 「ええ、私も子供心に『何か変だなあ』と思っていましたよ」

 「古文の現代語訳で『何々だなあ』とか『何々であることだよ』という文章があるでしょう。あれも面白いと思いませんか」

 「島田さんもそう思いますよね。私、何でみんな面白いと思わないのか不思議だったのです。でも作家の庄司薫さんもそのことは愉快に思われているみたいですよ。そういいうことを書かれた文章を読んだ記憶があります。」

 僕は調子にのった。

 「それから、ソ連でブレジネフ書記長の演説が終わったあと、演説を聴いていた人が全員一斉に立ち上がって『鳴りやまない三十分間のスタンデングオべーション』とかやるでしょ。あ、それから、中国などで指導者にいちいち形容詞をつけるでしょう。革命の偉大な領袖とか、我らの敬愛する周総理とか、英明な指導者華国鋒主席とか、ああいうのも面白いと思いませんか」

 この話はうけなかった。でも、和美はいつだってニコニコと僕の話を聞いてくれる。

 和美は感情を露にはしない。容姿は大人っぽい。一見、近寄りがたいというイメージがなくもない。でも一旦話し始めると、彼女は温かい。僕は彼女の温かさに心地よく包み込まれる。

 「和美は・・・」僕は思う。

 「優雅な人」それが彼女を表現するのに最も適切なことばではないか。

 でももしかしたら、その心の中に決して表に出すことはない激情を秘めているのかもしれない。僕の心の中に「ラ・カンパネラ」を弾いていた時の和美の姿が思い浮かんだ。和美のことをもっと知りたかった。

 話し続けているその途中で、先生のお母さんが帰ってこられたけれど、僕達は夕方まで話し続けて、二人一緒に夕食をよばれた。この日は、先生のお父さんも、先生も夕食の時には戻って来られなかった。和美は甲斐甲斐しく僕の世話を焼いてくれた。

 僕はこの日初めて一人で和美を家まで送っていった。またご両親に「お茶でも」と勧めていただいたが、先日の堀内を見習って失礼した。

 ところであの時の和美の用事は一体何だったのだろう。

 初めての稽古日を迎えるにあたって、先ず稽古場は上本先生が知り合いの伝を頼って、僕らの高校と同じ市内にある私立大学の相撲部の土俵を借りることが出来た。申し込む際、こちらの人数を話したら、ひどく驚かれた。当日は部員全員(といっても正式な部員は三名だそうだが)でコーチをして下さるとのことだ。

 廻しについては、上本先生が人数分を全て負担された。僕は中学時代、結局、相手もいないのに仕方ないかと思ってやめたけれど、一度買おうと思ったことがあるから知っているのだが、稽古用の木綿の廻しといっても一本六千円以上する。だから、先生にとっては、大変な散財の筈だ。新任の高校教師の給料がそれほど高いわけでもないだろう。

 このことについては、実は先生と僕の間で議論があった。

 僕は「廻し代は各個人に負担してもらいましょう」と主張した。「その方が『折角、買ったのだから』と少しでも定着率が良くなるかもしれませんよ」と。そしてこれは言わなかったのだけれど、本当は相撲を本気で取る気がないのに、和美目当てで入会してくる生徒が少しでも減るだろう、と想ったのだ。最初、僕はとりあえずは和美目当てであっても、多くの人が、相撲を経験してくれるうちに、その中のほんの数人でも相撲が好きになってくれたら、それでいいと思っていた。でもどんどん積み重なっていく入会申込書を見て素直に喜んでいる和美を見ていると、あとで悲しい思いをさせたくなかった。だからせめて「廻しを自分で買ってでも入会する」というラインを引きたかったのだ。

 ところが、上本先生は「高校生に六千円もの負担はかけさせられない」の一点張り。ユニフォーム等を揃えるのに、それ以上の自己負担がかかるクラブはいくらでもある。議論が進む中で、僕は先生の気持ちに気づいた。先生も分かっているのだ。この入会申込書のほとんど全てが、和美目当てだということを、だけど先生は、それでもより多くの生徒に相撲を体験してもらいたいのだ。そして、体験したひとりひとりに、その記念として廻しを残したいのだ。和美は「私はマネージャーですから」と言って四十七本の廻し全てにそれぞれの名字を書き込んだ。廻しがあれほど堅いものでなければ、きっと彼女は刺繍しただろう。

 大学に到着した。甲山が間近に迫る。広々としたキャンパスだ。校舎もとても洒落ている。そのキャンパスの片隅に稽古場はあった。

 部員の方が揃って出迎えて下さった。上本先生が丁寧にご挨拶する。先生は「相撲部の方がご指導下さるのだから、同好会出身は引っ込みます」とここに来る前に僕に言っていた。今日は見学のみの心づもりのようだ。

 先ず着替えだが、これだけの人数はとても一度に稽古場に入りきれない。といって外で着替えるわけにもいかないので二組に分けた。僕は後ろの組だ。前の組の着替えが終わったとの合図があって、僕は稽古場に入った。

 相撲が大好きといっても、僕にとって相撲の稽古場に入るというのは始めての経験なのだ。

土の香りと、汗の匂いと。これが稽古場か。神棚がある。鉄砲柱がある。土俵中央に砂が盛られている。僕は目頭が熱くなった。

 二人一組でお互いの廻しを締め合う。僕は高山君と組んだ。廻しに書き込まれた「島田」の二文字をそっとなでてから高山君に締めてもらった。廻しの締め方については、実は上本先生の廻しを借りて教えてもらっていたから、不器用な僕にしては、割と手早く出来た。ただ廻しの長さの調整が難しい。

 うちの高校の連中はみんなはずかしそうだ。お尻がスースーするのがきになるらしい。僕は人混みの中をぬって大鏡の前に立った。自分の全身像を映した。そこには、顎をひいて、ちょっと上目遣いにした時の僕よりも、もっともっとカッコイイ自分がいた。「この姿を和美に見てもらえるのだ」を思うと嬉しくてたまらない。

 全員の着替えが終わって、しばらくしたら和美が稽古場に入ってきた。そして上がり座敷に正座する。ずらりと並んだ裸の男の集団を見て、彼女が恥ずかしそうに眼を伏せるのではないかと想ったが、違った。僕はその様に考えた自分を恥じた。和美がそういう眼で相撲を見ていないことくらい分かっていたはずではないか。和美は真っ直ぐ顔を上げていた。僕は和美のこんな真剣な表情を始めて見た。

 竹箒によって、土俵中央に盛られた砂が崩され、土俵意の周辺に広がっていく。土俵の内外が掃き清められ、全員が神棚に向かって整列した。

 「神前に向かって、礼」

 部員の方の声が響く。

 「準備体操をします。広がってください」

 上本先生も廻し姿になって僕達生徒の中に混じっていた。

 準備体操で広がるとなると、稽古場だけではおさまりきらない。部員の方が一人先導して、二十人近くの人間は外に出た。僕は外の組になった。準備体操が終わると、四股だ。四股なら、見様見真似で、小さい頃から何度も踏んできたけれど、本当の四股は生易しいものではなかった。号令にあわせて右足を高く上げて、左足に体重をのせる。そして右足を踏みおろす。腰を割る。そのままの位置から左足を上げる。右足に体重を乗せる。左足を踏みおろす。腰を割る。この繰り返しだ。

 「上体を真っ直ぐに。前に倒したら駄目だ」

 「両足の幅を狭めないように、踏み込んだその場所から上げる」

 言われたとおりにして四股を踏むと、すぐに汗が吹き出した。

 何事が始まったのかと、まわりでクラブ活動を行っていた人たちが、結構集まってきた。

 ひとりが、一から十まで数え、その号令に合わせて全員一斉に四股を踏む。十まで数えると、その隣の人が一から始める。そうやって全員がいちどずつ号令をかけてしこは終わった。内股が痛い。

 再び稽古場に入った。入る時、上がり座敷の和美と視線が合った。ちょっと微笑んでくれた。

 次は鉄砲だ。これは上体を強化するための稽古だが、本来は鉄砲柱に向かって行う。鉄砲柱は一つしかないので、ほとんど全員、板壁に向かって行った。右手で板壁を突きながら、右の腰を前に出し、同時に右足も開きながら前に出す。そして右腕にぐっと力を入れて戻す。これを左右で繰り返す。僕は段々と和美の存在を忘れていった。和美と出会って以来、身近にいる和美を意識しなかったというのは初めてかもしれない。

 稽古は続く。土俵の端で充分腰を割り、手を土俵について、土俵の円の直径上を、あちらの端に向かって進む。進み始めると同時に両脇を締め、足の裏を土俵から浮かさないようにして、左右の足を前進させる。そして端に到着したら、土俵の円周にそって右に向かって横に進む。このとき、右肘を返し左肘を絞り込む。左に進む時はこの逆。一つ一つに納得する。これは、スリ足の稽古であり、また両腕の構えについては、自分の下手を返して相手には自分の上手を取らせず、自分の上手を絞って相手の下手は殺すための稽古でもある。

 楽しい。楽しくて仕方ない。

 基本の稽古が一通り終わったら、いよいよ申し合いだ。人数も物凄く多いし、積極的に土俵に入っていかなければ相撲は取れない。僕はどんどん入っていきたかったけれど躊躇した。ひとりでも多くの人に相撲を取ってほしかったのだ。でもどうしても辛抱できなくて、数番は取った。

 ただこのあとのぶつかり恵子は、何が何でもやってみたかった。「ぶつかり」という言葉が出たときは、すぐ土俵に飛び込んだ。僕は百六十九センチ、五十六キロの体を全身弾丸にして、百キロ以上ある部員の方の胸にめがけたぶつかる。そして全力で押す。全力で押したってとても動くものではない。「ほら押せ、まだまだ、もっともっと押せ」とかけ声がかかる。部員の方が、ジリッジリッと後ろに下がる。勿論、僕はもう眼いっぱいになっているのを体で感じて少しずつ力を抜いているのだ。そして充分押させたところで横にふる。僕は受身をとって転がる。一回終わると、もう体中の力は全て使い果たしてしまった。だけどぶつかり稽古はこれでは終わらない。一旦ぶつかりを始めたからには一回で終わるなど許されない。「ほうら。思い切ってぶつかってこい」と胸を広げる。僕は何とか立ち上がった。両手で廻しの前をパンと叩くと、二度目の突進だ。「まだまだ。まだまだあ」稽古場に大声が響き渡る。

 三回目が終わったとき、僕は土俵の外でうずくまり、動けなくなった。ところがまだ許してもらえなかった。

 「こらあ。立たんか」とお尻を蹴られた。俺は今日始めて回しを締めて稽古をする素人だぞ。素人相手に何でここまでするのだ。と猛然と腹が立った。腹が立ったら立ち上がってしまった。結局、僕は、七回ぶつかった。あとで訊いたところによれば、どうも上本先生が「この子にはいくら厳しくして下さってもいいですから」とその部員の方に耳打ちしたらしい。

 このあと整理体操をはさんで、土俵は再び掃き清められた。土俵中央に砂が集められ、盛られた。土俵の内外に箒目が入れられた。

 全員が蹲踞の姿勢をとる。

 「黙想」

 掛け声に合わせて目をつぶる。

 三十秒経過。

 「直れ」

 「全員整列」

 「神前に向かって、礼」

 これで稽古は終了した。

 稽古場の奥にある風呂に入った。体中に張り付いた土俵の砂を洗い流す。とにかくすごい人口密度だけれど、それでも僕の心はのびやかだ。数十分前は、一歩も動けない状態だったけれど、今は普通に戻っている。自分の若さを認識する。ただ体の色々な場所が痛い。

 「これが稽古上がりの風呂かあ」

 みんなザッと体を洗うと、そそくさとあがっていくが、僕はちょっとのんびりしてしまった。 

 この時、僕は和美のことを思い出した。

 「そうかあ、今日の稽古を和美は全部見ていたのだ」

 ぶつかり稽古の時の自分を思い出す。普通の感覚なら、自分の好きな女の子には絶対に見られたくない姿なのだろう。でも僕は全然平気だった。むしろ誇らしい気がした。

 風呂からあがって着替えをすませた。部員の方たちのお見送りをうけて僕らは稽古場をあとにした。

 大学の最寄の駅までぞろぞろと歩いていく中で、一度だけ和美と視線が合った。「何か言ってくれるかな」と想ったけれど、彼女は悲しそうな表情をして僕を見たあと、すぐに、顔をそむけた。

 この彼女の反応は僕には意外だった。さっきのちょっと誇らしいような気持ちは吹っ飛んだ。「そうだよなあ。衆人監視の中で、裸のお尻を蹴飛ばされたのだ物なあ。愛想を尽かされて当然じゃないか」

 僕はすっかり落ち込んでしまった。最寄り駅で解散となり、和美は二つ目の駅で降りた。降りる前にまた悲しそうな顔をして僕を見た。僕は急に重たくなってしまった稽古廻しを抱えて、堀内、高山君と一緒にさらに電車に乗り続けた。電車に乗っている間も僕は喋る気がしなかった。ふたりとも黙っている。

 堀内と僕の家の最寄り駅で僕達は降りた。高山君は二つ先の駅だ。

 黙ったまま二人で歩いた。

 堀内の家に着いた。駅からは堀内の家のほうが近い。

 「ちょっと寄っていくか」

 堀内が言った。

  二階に上がって、堀内の六畳の部屋に入る。この部屋には中学時代しょっちゅう来ていた。

でも最近は上本先生の家に入り浸りだから、随分久しぶりに入る気がする。僕らは以前からの定位置に座る。堀内は彼の勉強机の前の椅子。僕は彼のベッドだ。

 「さてと」

 そう言ったきり堀内は黙った。僕の方から話し始める気はしない。一分くらいもたったろうか。

 「なあ島田」

 話し始めた。

 「お前、和美のことをどう思っているんだ」

 僕はそれまで下に向けていた顔を堀内の方に向けた。僕達は中学時代、色々な話をしたけれど、女の子に関する話はほとんどしたことがない。堀内は自称硬派だから当然だが、僕もそういう話を彼にしたことはない。僕が中学生の時にどの女の子が好きだったか、彼は知らない。

 僕はしばらく迷った。言った方がいいのだろうか。何も言わない方がいいのだろうか。でも和美のことで嘘はつきたくなかった。

 「好きだよ。大好きだ」

 「まあそうだろうなあ」

 「堀内、お前はどうなんだ」

 緊張した。

 「あの子を好きにならない男はいない」

 そうか、堀内もやっぱりそうだったのか。

 「でもね島田」

 堀内がちょっと口元を引き締めてから続けた。

 「あの子はお前のことが好きだよ」

 「何でそんなことが分かるんだ」

 堀内はあらためて僕の方をしげしげと見つめた。

 「そうか、もしかしたらと思っていたけれど、お前、気がついていなかったのか」

 「何をだよ」

 「だから和美がお前のことを好きだっていうことだよ」

 「だから何でそんなことが分かるんだ」

 「お前に対する態度を見ていれば分かる」

 「優しいってことか。それだったら和美は誰にだって優しいじゃないか。お前にだってそうだろう」

 「そうだ。確かに和美は誰に対しても優しい。でもね島田」

 一拍おいた。

 「あの子がお前を見る眼は特別に優しい」

 「そんなことあるものか」

 堀内はしばらく黙った。

 「それじゃあ島田」

 また話し始めた。

 「俺達が始めて上本先生の家を訪ねたときに、先生が玄関先でいった言葉。それからその日、和美を彼女の家まで送っていった時、ご両親のお前を見つめた眼と表情。お前、あの意味が分からなかったんだな」

「どういう意味なんだ」

「和美は上本先生やご両親に、何かにつけてお前の話をしているのだよ。それもお前のことが好きだということがはっきり分かる態度でな。そういう意味だ。俺はな島田。もうあの日に気がついていたぞ。和美はお前が好きなんだって」

 そうなのか。本当にそうなのだろうか。でも。

 「じゃあ、今日のことはどうなんだよ。俺は……」

 僕は興奮すると一人称が変わる。

 「あんな惨めな姿を彼女に見せたんだぞ。たとえ少しは好意をもってくれていたとしてもあんな格好を見せてしまえば、誰だって嫌になるだろう」

 「そうか、そのことも俺が解説しなければいけないか」

 堀内が話し続ける。

 「俺はな島田、今日は蒲鉾を決め込んだ」

 蒲鉾と言うのは、板(壁)にくっついたまま他人の稽古を見るばかりで、自分は稽古しようとしない力士のことを指す相撲界の隠語だ。そうか堀内、お前もそういう言葉が自然に口から出てくるようになったか。

 「だから稽古を見学している和美の方をずっと見ていたんだ。やっぱり男の裸を見ているよりはその方がいいものなあ」

 僕は何も答えない。

 「ぶつかり稽古で、お前が土俵に飛び込んでいったとき、あの子は本当に嬉しそうな顔をして、お前を見ていたんだ」

僕は黙って堀内の話を聴き続けた。

 「それが、お前が二回、三回とぶつかっていくたびに和美の顔は下を向いていってね。最後はじっと下を向いたままだった。たぶん、泣いていたんじゃないかな」

 「俺はな堀内。稽古が終わったあと、和美に何か声をかけてほしかった。でもあの子は顔をそむけたまま俺の方を見ようともしなかったんだぞ」

 「見てたさ、見てたよ。お前、帰り道で途中からずっと下を向いたままだったから気がつかなかったのだろうけど、あの子は、何度もお前に声をかけようとする素振りをしていたぞ。俺には和美の気持ちが何となく分かった。俺はお前が実はマゾだって知っているから、他人にころころ転がされようが、お尻を蹴飛ばされようがまるで平気なのだってことを知っているけれど、和美にはそれは分からない。お前に声をかけたら、かえってお前が傷つくのじゃないかと想って何も言えなかったのだろう」

 そうなのか。堀内の話は一応理屈がとおっている気がする。だけど。

 「なあ堀内、もし和美が仮に、仮にだけれど、俺のことを好きだとしたら、一体何故なんだ。あの子はあんなに綺麗なんだぞ。あんなに綺麗で、優しくて。この俺のどこに和美に好きになってもらえる資格があるんだ。俺はお前みたいにハンサムな訳じゃない。学校の成績だってお前の方が上だ。社会と国語だけは俺の方がいいけど」

 こういう時にまで見栄を張るんじゃない。

 「それにスポーツじゃ何をやったってお前には適わない。相撲だけは俺の方がちょっと強いけど」

 また見栄を張ってしまった。

 「音楽だってそうだ。俺は全然わからない。お前みたいに和美と難しいクラッシックの話なんか出来ない。確かに相撲のことは詳しいさ。そのおかげで和美とあんなに仲良くなれたのだものな。だけどそれが何だって言うんだ。俺は小さい時から相撲が好きだった。好きで好きでたまらなかった。だから勝手に詳しくなっていっただけだ。何も努力なんかしていない。この俺のどこにあんなに綺麗な子に好きになってもらえるような飛び抜けたところがあるんだ。お前の方が余程、和美にふさわしいじゃないか」

 「馬鹿だね。お前」

 そう言ったきり堀内は黙ってしまった。

 三十秒もたっただろうか。

 堀内は話し始めた。

 「確かに和美は綺麗だ。あれだけ綺麗な子は日本中探したってそうはいないだろう」

 それは違うぞ堀内。日本どころか世界中探したってあんな綺麗な子がいるものか。人類の歴史全体でも一体、何人ぐらいいただろう。あ、彼女にぴったりの形容詞を思いついた。「歴史的美少女」だ。

 「だけど、その容姿は、彼女が努力した結果か。そうではないだろう。それにあれほど性格の良い子はそう入るものじゃない。でもな、俺も何度か上本家や杉野家に行って想うことだけれど、ああいう家庭環境で育てば、ああいう性格の子ができあがるのはわかるような気がする」

 堀内が僕の方を見る。

 「そうか、この理論でがもうひとつ納得できないか。ふうむ」

 堀内はまた一分程度考え込んだ。

 「なあ島田、お前、人からよく道を尋ねられるだろう」

 今度は一体何の話なのだろう。言われてみれば確かにそうだけれど。

 「俺とお前と二人で歩いている時も何回かそういうことがあったけれど、みんなこの俺ではなくお前のほうに訊くだろう」

 確かにそうだったような気はする。

 「お前に飛び抜けた部分があるとすれば、それは『人の好さ』だ。そしてそれがどうしようもないくらいに体中からあふれ出てしまっていることだ。和美も話してみれば、そうだと分かるし、上本先生もそうだ。お前たち三人は、みんな同じ種類の人間だ。だからお互いに惹かれ合うのだよ。」

 あとの二人はともかく、自分については納得できない。

 「俺はそんないい人間じゃない。世の中で腹が立つことはたくさんある。嫌な奴だっていくらでもいる。それに俺は気が短いぞ」

 「自分の基準で世の中を見るのはやめてくれ。もう少し自分を客観的に見てほしいもんだ」

 堀内はあっさりと決め付けた。

 「和美はね」

 堀内が静かな口調でポツンと言った。

 「自分の親戚以外にお前みたいな少年がいることを発見して、とても嬉しかったんだよ」

 堀内は大きく体を伸ばした。

 「世界中の人間が、お前や和美や上本先生みたいな人ばかりだったら、世の中は平和だろうなあ」

 一拍おいた。

 「ま、あまり面白い世の中ではなさそうだな」

 僕はすっかり黙り込んでしまった。堀内ももう何も言おうとはしない。堀内の言った言葉のひとつひとつを考えてみた。堀内の言うことは信じていいような気がした。するとどういうことになるのだ。「和美が、あの和美が、この僕のことが好きだって言うのか。僕の心の奥底に歓喜のかたまりが芽生えた。そしてそれがどんどん広がって息全体に満ちようとしたその瞬間、堀内の姿がそこに浮かんだ。

 「堀内」

 「何だ」

 「お前はそれでいいのか。お前だって和美のことを」

 「俺か、俺のことなら気にするな」

 「だけど」

 「俺はな。将来お前の弟になることに決めたんだ」

 何だって。

 「昌代は八年たったら和美になる。お前は生涯、和美ひとり。俺は色々な女の子とつきあいながらゆっくりと昌代の成長を待つ。どうだ素晴らしい人生設計だろう」

 僕はどう切り返したらいいのか分からない。

 「それに」

 堀内が言葉を継いだ。

 「お嫁さんにすると昌代に約束したものな。俺は一度約束したことは必ず守る」

 堀内、お前カッコイイなあ。前からそう思っていたけれど、ここまでカッコイイ奴だとは知らなかった。もっとも、相手の女の子の年齢を聞けば、世間の人たちも僕に同意してくれるかどうかは分からないが。

 「まあそういうわけだから」

 堀内は僕の方に寄ってきて、僕の方をポンと叩いた。

 「今後ともよろしくな。お兄さん」

 (ひとつ気になることがあるから断っておく。分かってもらえているとは想うけれど、さっきの堀内の話の中で、「お前はマゾだ」という言葉が出てきたけれど、あれはああいう話の流れの中でそいういう言葉が出てきたわけであって、堀内と僕の間にそのような淫靡な関係があるというわけではない。決して)

 僕が帰る時、堀内は玄関まで僕を見送ってくれた。玄関口で僕は堀内に尋ねた。

 「なあ堀内、俺は和美に自分の気持ちをはっきり伝えるべきなのだろうか」

 「そうだなあ」

 堀内はちょっと考えた。

 「まあとりたてて『好きです』とか言わなくても、お前たち二人はそのうち自然になるようになるよ」

 一拍おいた。

 「でも」

 堀内がまた話し始めた。ちょっと宙を見つめ、僕に視線を戻した。

 「言うべき時にはちゃんといわなきゃな。それはとても大切なことだと思う」

 僕は水平線よりほんの少しだけ視線を上に向けて、堀内の眼を見た。

 堀内はニッコリ微笑んだ。百パーセントの笑顔……とは思えなかった。その笑顔の中に、含有率十パーセントか二十パーセントの寂しさを感じた。

 そうか。

 僕は分かった。

 やっと分かった。

 「弟になる」だって。「お兄さん」だって。「好きだといっても、その程度だったか」さっき僕はそう想って正直ホッとした。何も分かっちゃいなかった。

 「それじゃあ」

 僕らは別れた。僕は歩き始めた。堀内の家の玄関がもうすぐ見えなくなるはずの場所で僕は振り返った。堀内はまだ家の前に立っていた。僕は左手を挙げた。堀内は小さく右手を挙げた。

 歩きながら、僕は、ひとりで自分の部屋に戻る堀内のことを想った。堀内がこれから何をするか。僕には分かる。堀内はきっとレコードを聴く。曲は……ラ・カンパネラだ。

 歩いて五分。僕の家の前に着いた。このとき、僕の心の中に訳の分からない衝動が生まれた。その衝動に突き動かされて、僕の体は北を向いた。

 僕は走った。脇に廻しを抱えたまま、僕は走った。一旦、武庫川に出て、河原を走った方が安全だったのだろうけれど、僕は直進した。僕は前だけを見てひたすら走った。走るのはけっして早い方ではないけれど、長距離は得意だ。あたりは住宅街で視界はあまりよくないから、横から自動車が飛び出してくるかもしれない。でも今の僕は平気だ。「車か。ぶつかるのならぶつかってこい。相撲で鍛えたこの体だ。そんなものに負けるか」

 でも国道二号線の赤信号ではきちんと止まった。

 二十分後、僕は和美の家から十メートルほどのところにいた。そして和美の部屋を見やった。

 「あそこに和美がいる。僕の一番大切な人がいる」

 今、どうしても和美に逢いたいとは思わなかった。ただひたすら和美の家を、和美の部屋を見守り続けていたかった。

 「これだと知らない人が見たら、ただの変態さんかな」

 そんな想いがチラッと胸をかすめたが、僕はあわてて打ち消した。そういう余計なことは考えず、今はただ、この昂揚した幸福感の中に浸りきっていたかった。

 十五分もそこにた佇んでいただろうか。僕は南は向かってまた走った。

                            緊褌巻

                              4

 稽古の帰り道、僕は和美に嫌われたと想っていたけれど、とりあえず、そんなことはないことだけは、翌日以降の和美の態度でよく分かった。でも和美が僕に対してそれ以上の気持ちをもっているのかどうかは、僕は確認したりはしなかった。今までどおりの日々が続く。僕はこれでいいと思った。

 だけど堀内の言った「言うべき時」は想ったより早くやってきた。最初の稽古の日から二週間がたっていた。

 その日は二回目の稽古日だった。前回と同じ稽古場を使わせていただいた。このときまでには、今後とも継続して、月二回、日曜日の午前中に相撲部の稽古が終わったあと、土俵を使わせていただけることに話が決まっていた。部員の方も、できるだけコーチして下さるとのことだった。このとき、稽古に参加した会員は全部で十六名だった。

 「前回よりだいぶ人数が減りましたなあ」

 部員の方が言っている。納得顔なのが悲しい。

 稽古は前回と同じように進んだ。この日の僕は、一回目より随分多く、申し合いで相撲を取った。ぶつかり稽古にもまた飛び込んだ。和美は今度は泣いたりはしなかったけれど、とても心配そうな顔はしていたらしい。

 稽古はつつがなく終了した。

 この日は、一回目のように、そのまま解散することなく、全員上本先生の家に集まることになっていた。こちらの方には会員のほぼ全員が参加した。

 上本家の一階の襖がとりはずされて、いくつかの部屋を合わせて宴会場が作られた。勿論、酒は出ない。だけど、上本一族の相当多くの人のお手伝いもあって、みんなに鍋料理がふるまわれた。四~五人ずつでグループになって、ひとつの鍋を囲む。上本先生、和美、堀内、高山君、僕はそれぞれ別のグループだ。

 最近は会員全体が集まる場では、なるべくかたまらないようにしているのだ。和美と同じグループにはいるための暗黙の戦いがあったけれど、「僕、杉野さんの隣に座りまあす」と明るい声を出して和美のそばをはなれない会員がいた。一年十組の中村君だ。彼は会員の中では、比較的相撲が好きな方だし、それなりに詳しい。彼に同調する声が続いて、積極的な会員が、和美と同じグループを占めた。

 それぞれのグループが、それぞれの話題で盛り上がっている。上本先生はやっぱり相撲を話題にしたかったのだと想う。だけど相撲のことが話題になっているグループはほとんどない。僕のグループもそうではないし、上本先生のところもちがる。先生は、こういう席で、それが望まれてもいないのに自分の話したいことを話す。というタイプでは全然ない。

 ただ和美のグループだけは、中村君がしきりに和美に対して相撲の薀蓄を傾けている。彼女のグループは、僕の席から割りと近いところだったので、彼の話声はよくきこえるし彼の大きな顔もよく見える。でも和美については、僕の席からは後姿しか見えない。中村君が相当程度は相撲に詳しいことは、聞こえてくる彼の話で分かった。彼は色々と和美に教えようとしているようだ。でも、彼が教えようとしている程度のことなら和美は全て知っている。僕にはそれがよく分かる。そして、彼女が決して人の話に水を差したりしないことも。

 宴会もたけなわとなってきた。中村君はさっきから下品なギャグを飛ばして、和美を笑わそうとしているようだ。「そうそうそう言えば、僕は前から訊きたかったんだけど」

 中村君が僕のほうを見た。

 「杉野さんと島田は正式に一対一でつきあっているの」

 急に全てのグループの会話がとまった。今の彼の言葉が聞こえなくて、まだ話し続けていた人も、まわりに注意されて話すのをやめた。さっきまでの喧騒は、一瞬にして静寂にとってかわった。みんなの視線が僕に集中する。

 僕は答えた。

 「仲良くはしてもらってますけれど、正式におつきあいしていただいているというわけではありません」

 和美の頭が少し揺れた気がした。

 「ふうん。そうなんだ。じゃあ、別に好きとかそういうわけでもないんだ。へえ」

 僕は上本先生を見た。それから堀内を観た。二人とも同じ表情だった。口元にほんの少しの微笑を浮かべ、目が「頑張れ」と言っている。

 「僕は杉野さんが大好きです。杉野さんが僕のことをどう思っているかはわかりませんけれど」

 このとき、和美がどんな顔をしていたのかは僕には見えなかった。室内はどよめきにつつまれたけれど、でも、それはそれぼど大きいものではなかった。

 「まあ、お前はそりゃそうだろう。杉野さんはどうなの」

 何でそんなことを訊くんだ。もし、もしも彼女が、堀内の言うように、僕のことが好きだとしたら、こんな場所で言えるわけないじゃないか。もし全てこちらの勝手な思い込みで和美が僕のことをなんとも思っていなかったとしたら……そのときは出家しよう。それとも若山牧水のように、旅と酒に生きる放浪の歌人というのもいいな。

 しかし、和美の答えはそのどちらでもなかった。

 「私も島田さんが大好きです」この時の和美の顔も勿論、僕には見えなかった。でも、堀内にはよく見えたらしい。あとで懇切丁寧に教えてくれた。

 室内はさっきの何倍ものどよめきにつつまれた。

 宴会は終わった。

 夕暮せまる街中を、和美と僕は、二人だけで、上本家から杉野家へと到る道を歩いている。

 二人ともずっと黙っている。会話が途切れた時、話し始めるのは和美の方が多かった。でも今の和美は何も話さない。やはり僕から話し始めるべきなのだろう。こういうとき、一体どういうセリフを言えばいいのだろう。

 「みんな、とても騒いでいましたね」

 和美はこっくりとうなずくだけだ。会話が続かない。こんなことは初めてだ。

 「明日になったら、みんなどんどん会をやめちゃうでしょうね」

 和美は「どうして」という顔をして僕を見る。

 どうしてって、だってそうに決まっているだろう。やっぱりこの子は何も分かっちゃいない。

 でも……違う。今、話さなければいけないのは、こんなことではない。

 僕はまた色々と思いつく限りのセリフを頭に浮かべ、そしてそれに対する和美の答えを想定した。色々と考えたけれど、結局、素直に聞きたい事を訊いた。

 「一体、僕のどこがよかったのですか。どうして好きになってくれたのですか」

 和美は答える。

 「『国技』で初めて島田さんの文章を読んだ時、その文章に惹かれたんです。淡々としていて抑制された文章なのに、お相撲に対する愛情がしっかりと伝わってくる、心に残る文章でした。『この若さでこんな文章が書ける人がいるんだ』と思って、感動したのです」

 和美は続ける。

 「それで初めて島田さんにお逢いしたとき、本当に想像していたとおりの人だったのです。だから……」

 和美は言葉をここで切った。

 「だから……」のあとは、いくら僕でも分かる。

 「初めて島田さんにお逢いしたのは、入学式のときの校庭で、そのとき一瞬だけ視線が合ったのですよ。憶えていますか」

 僕は頷いた。そのときのことは憶えている。とてもよく憶えている。

 「私、その瞬間分かったのです。あっ、この人が島田さんだ。この人に間違いないって。でもそう思ったとたんに何だか恥ずかしくなってしまって、すぐに視線をそらせてしまったのです」

 それじゃあ、あのとき、視線をそらせたのはふたり同時だったのか。

 「島田さん、今日は本当にごめんなさい。私がもっと早く島田さんに私の気持ちをお伝えしていればよかったのですね。私、島田さんが私のことをどう思っておられるのか、分からなかったのです。自分が島田さんにふさわしいと思えるような自信も無かったんです」

 誰もが憧れる和美は、僕をそんなふうに思っていてくれていたのか。どうなんだろう。僕は和美にふさわしい男なのか。でも、もし、今の僕がそうではなかったとしても、未来の僕はきっとそうなる。このとき僕はこれから数十年間続くであろう僕の人生でやるべきことを見出した。和美にふさわしい男になる。このひとことだけで充分だ。それが僕が目指すべきことであり、僕の生涯を律する言葉だ。僕の生涯をかけてなってみせよう。それが、和美に思いを寄せられた男の義務だ。

 「杉野さん」

 僕は胸がいっぱいになった。僕の次の台詞はさっきの想定問答集のどこにもなかった台詞だった。

 でも、今、ここで言うべき台詞だ。そう、僕の人生はもう決定づけられたのだから。この台詞から始まるのだから。

 「僕のお嫁さんになって下さい」

 和美はびっくりした表情で僕を見た。でもその表情は三秒も続かなかった。

 「はい、喜んで」

 そうして和美はゆっくりと頭を下げながら続けた。

 「謹んでお受けいたします」

 顔を上げた。

 和美が笑った。

 と思う間に、和美の眼からポロポロと涙がこぼれおちた。

 和美はいつだって、いつだって僕に笑顔を見せてくれた。

 でも初めて見る和美の泣き顔は、そのどれよりも綺麗だった。

 僕はこの時、和美の方に近づいて、僕ら二人の歴史の上で、新たな一歩をしるす行為を行うべきだったのかもしれない。でも、和美の涙を見ているとそんなことは、もうどうでもよかった。

 夕陽が沈む。

 西の空に描かれた神々しい紅が、六甲の山なみにふりそそぐ。

 荘厳な光が僕らの周りをつつんだ。

 光の中に和美がいる。

 僕はこの時の光景を生涯忘れない。

                                                                                                    了

(注)  この小説は特定の年代・場所をモデルにしたフィクションです。

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