相撲八百長問題

2015年11月23日 (月)

14日目怪我している照ノ富士に白鵬が負けるのは、実力の衰えた男女ノ川に双葉山が負けるようなもの(羽黒蛇)

14日目怪我している照ノ富士に白鵬が負けるのは、実力の衰えた男女ノ川に双葉山が負けるようなもの(羽黒蛇)

 

私は14日目千秋楽のテレビを録画して、仕切りを飛ばして相撲だけを見る。実況を生で見ると力士の勝敗が分かってしまう。勝ち越していない(負け越してもいない)力士の相撲を「勝つかもしれない」と思いながら見ると、相撲に集中できないから。勝ち負け勝ち越し負け越しより、相撲内容を見たいから。

 

それでも照ノ富士が76敗であることは知ってしまっていた。白鵬との一番。

それでも照ノ富士が勝ち越していない、白鵬と千秋楽まければカド番になるという情報を、脳内から消して(消す努力をして)相撲内容に集中。

立合いから踏み込まず、四つになっても攻めない白鵬を見て、思い出したのは、

 

14日目の武双山との一番でケガをした貴乃花に、本割では立合一瞬破った武蔵丸が、決定戦で貴乃花のケガがひどくならないように相撲をとり(力を出せずに)負けた一番。

白鵬は、「自分が攻めて照ノ富士の持ちこたえた時にケガが悪化しないか」と心配しながら相撲を取っているという印象をもった。

 

その一方で頭の中では、陰謀史観から、白鵬が照ノ富士を勝ち越させるために本気を出さなかったと批判されるだろうから、白鵬に勝って欲しいと思いながら見ていたが、力を出さずに負けた。まるで双葉山が男女ノ川に負けたような一番。

 

双葉山は男女ノ川に五連敗して、双葉前頭3枚目、男女大関の昭和111月場所で勝ってから十連勝。横綱同士では七連勝。 双葉山は花相撲で、例えば男女ノ川の地元で、男女ノ川に花を持たせる相撲を取ったことがあるのだろうか? もしあったとしたら、昨日の白鵬照ノ富士のような相撲かと想像する。

 

足を怪我している照ノ富士は、白鵬にとって、巨体の男女ノ川を簡単に料理した双葉山くらいに楽勝確実の相手。

 

ブログ読者よりのコメント

ひどい一番であった。 11月22日毎日新聞は「白鵬痛恨の連敗」と書きながら「まわしを切ったり、巻き替えたり することなく、我慢比べで力尽きるように寄り切られた」と述べている。ふんわりした立会い、時間はかかったが何もせず、ただまわしを組んでの土俵上、 いかがわしい相撲を取るならもっと上手にやるべきだ。   引用終わり

 

白鵬照ノ富士の一番で白鵬が勝ったら、「実力が圧倒的に上の力士が、相手に十分相撲を取らせて、観客を喜ばせて、勝った」と評価された。「しかし、観客を喜ばせるより、自分の相撲を取るべき」との批判も受けなければならない。

 

白鵬が旭鷲山に勝った一番に、そのような相撲があったことを思い出した。楽勝で勝てる白鵬が、旭鷲山に攻めさせて、長い相撲になったが、余裕で勝った。

双葉山は、横綱玉錦、大関鏡岩に対してそういう相撲をとったと言われる。鏡岩に攻めさせて打棄りで勝ったとも。

 

羽黒蛇

白鵬が照ノ富士に負けた相撲を、スポーツ新聞がどのように書いているか、調べてみた。見せ場のない大相撲(サンスポ)粘ることなく土俵を割った(サンスポ)に同意(羽黒蛇)

白鵬が照ノ富士に負けた相撲を、スポーツ新聞がどのように書いているか、調べてみた。見せ場のない大相撲(サンスポ)粘ることなく土俵を割った(サンスポ)に同意(羽黒蛇)

 

批判はサンスポ、分析は日刊と報知、相撲内容にふれていないスポニチ。日刊と報知は親方の評なので露骨な批判は期待できない。以下、要約して引用。

 

サンケイスポーツ

白鵬はふがいない相撲で2敗に後退。賜杯が遠のいた。

「見ていこうと思った。足と体がでなかった」

淡々とした口調から悔しさは伝わってこなかった。ふわっとした立合いから右四つ。攻めもせず、まわしを切ろうともしない。見せ場のない大相撲。水入りとなる3分になる寸前、249秒1で照ノ富士の寄りに粘ることなく土俵を割った。

 

――

報知・尾車親方

最後は根負けといっていいだろう。白鵬は立合い、あえて右四つで受けて立った。「(照ノ富士の得意な)右四つでも俺は負けないぞ」という威信を見せたかったのかもしれない。

しかし、照ノ富士の若さ、体力、そしてスケールの大きさに粘り腰を欠き、あっさり土俵を割ってしまった。

白鵬にしてみれば、右左のひじを巧みに使い、相手の左上手を切るのが本来のパターン。または巻き替えて双差し狙いもあっただろう。それなのに何もできなかった。

照ノ富士のひきつけがあまりに強烈で、腰が浮いてしまい、得意芸を失う結果になってしまった。

 

尾車親方の評を要約すると、「本来の相撲をとれなかった白鵬、照ノ富士のひきつけを評価」

羽黒蛇感想!本来の相撲を「とらなかった」白鵬。照ノ富士の引きつけ強いようには見えなかった。白鵬、最後に寄られた時は腰が浮いたが、寄られる前に、上手切る・巻き替えはできた、ように見えた。

――

日刊スポーツ・高砂親方「衰えを感じさせる一番」

白鵬のアゴは上がって上体が起き、腰も伸びきってしまった。それでも今までの白鵬なら、動いて上手を切るなりして反撃していたところ。あっさり土俵を割る最後もそうだけど、何も抵抗できないあたりに、力が落ちていることを感じざるをえない。

 

羽黒蛇感想!力の衰えた力士は、負けるリスクが高くても攻めるものである。相撲が長引くと勝つ可能性が減るから。攻めなかった白鵬が「衰えたためか」はテレビ観戦では分からなかった。

 

羽黒蛇

2015年11月21日 (土)

陰謀史観で14日目を邪推する(羽黒蛇)

陰謀史観で14日目を邪推する(羽黒蛇)

 

あらかじめ書くと羽黒蛇は陰謀史観ではないが、力の衰えた日馬富士はもう優勝できないと思っていたので、「白鵬が日馬富士に優勝を譲った」と言われると、反論はできない。 それ以上に、13日目鶴竜、14日目白鵬の立合いを見て、二人が照ノ富士勝ちを譲ったと言われると反論できない。

 

陰謀史観にもいろいろあるが、「モンゴル力士同士がモンゴル語で、親方、新聞記者に察知されずに、シナリオの打合せをしている」

そんなことはないと思いたいが、もし千秋楽、稀勢の里が日馬富士に勝ち、鶴竜が日馬富士に勝つと、(日馬富士13勝、白鵬12勝)相撲ファンとして反論は難しい。

 

協会幹部も同様の疑いを持っているのではないか。私がそう感じたのは下位で勝ち進む松鳳山の相手、もっと強い上位力士と当てられるにもかかわらず、魁聖7、旭秀鵬7、逸ノ城1、豊ノ島3、安美錦3。(数字は前頭何枚目かを示す)上位力士と対戦させていない。

 

千秋楽のこれより三役、琴奨菊休場、照ノ富士・琴奨菊戦がなくなり、

照ノ富士には、松鳳山(西前10122敗)と羽黒蛇は思いこんでいが、発表は、

照ノ富士には、琴勇輝(東前6、86敗)

これは相撲協会が、日馬富士に優勝させたくない、松鳳山に優勝のチャンス与えるというメッセージではないか。

 

仮に、このまま、日馬富士が優勝しても、「相撲協会は知っているぞ」、というメッセージは残る。

 

14日目のNHKテレビ解説の九重は、何があっても照ノ富士は白鵬に勝てない、と発言していた。

 

羽黒蛇

 

千秋楽に白鵬と日馬富士が休場すると、松鳳山が安美錦に勝つと、

白鵬123敗、日馬富士132敗、松鳳山132敗、現行ルールでは決定戦不戦勝で松鳳山優勝。

 

幕内優勝 日馬富士

幕内最多勝 松鳳山とすべき

 

幕内下位が最多勝の場合、優勝ではなく、最多勝という表彰がふさわしい。

 

NHKテレビで、平成2年九州場所の千代の富士旭富士の一番。千代の富士が31回目の優勝を決めた一番。14日目結びの一番。27代木村庄之助。

 

両力士が立ってから、土俵の外に出る庄之助。現在の行司でこのスタイルは木村玉治郎。

27代庄之助は四代目玉治郎、現役玉治郎は六代目。

 

羽黒蛇

2015年11月20日 (金)

陰謀史観で先場所・今場所を邪推する(羽黒蛇)

陰謀史観で先場所・今場所を邪推する(羽黒蛇)

 

あらかじめ書くと羽黒蛇は陰謀史観ではないが、大相撲にはしくまれたシナリオがあると疑われないようにするには、(勝ち負けが事前に決定しているという)陰謀史観の論理を研究し、それを打破する相撲を見せる必要がある。

 

真石博之氏は、9月場所千秋楽を評して「鶴竜・照ノ富士による千秋楽の本割と優勝決定戦を出来過ぎた筋書きと感じるのは、へそ曲がりが過ぎるでしょうか。」と書いた。

陰謀史観は、鶴竜がわざと照ノ富士に負け(照ノ富士に来場所綱取りの可能性を残し)、その代わりに決定戦は照ノ富士が譲り鶴竜が横綱初優勝、と書く。

 

陰謀史観は、11月場所、66敗の照ノ富士の勝ち越しの可能性を高めるために、84敗の鶴竜が、力を出さなかった(わざと負けた)と書く。

陰謀史観を封じるには9月場所千秋楽のように、77敗の大関に、104敗の大関が勝つ必要がある。稀勢の里が豪栄道に勝って陰謀史観を封じた。

 

陰謀史観は昭和3435年の栃若時代、横綱が「順繰り」に優勝したと疑う。

陰謀史観は白鵬が大鵬の32回を上回る33回目の優勝の時、目標を失った白鵬は、モンゴル横綱三人で「順繰り」に優勝で満足する。そんなことになったら、相撲内容は悪くなると心配した。

 

陰謀史観は実力が衰えたように見えていた日馬富士が優勝に近づいたことに対して、白鵬が猫だましを出したのは、「猫だましをするような横綱は優勝にふさわしくない」「日馬富士が優勝する方が相撲界のためによい」という世論作りのための深謀遠慮だったのではないか、と疑う。

 

陰謀史観を封じるには、強い横綱が独走して、つまらない優勝争いの場所にする必要がある。

9月場所、陰謀史観を封じるには、鶴竜が本割で勝ち照ノ富士の綱取りをなくすか、照ノ富士が二番勝ち鶴竜の横綱優勝をお預けにする必要があった。

いずれも「する必要がある」ではなく、「なった方がよい」が正しい。

 

羽黒蛇

2015年2月 9日 (月)

琴光喜の解雇は異常に厳しすぎる処分だった(羽黒蛇)

琴光喜の解雇は異常に厳しすぎる処分だった(羽黒蛇)

 

相撲協会は、いろいろと批判はされるものの、相撲という文化を継承している点では、プラスの評価を与えたい。

そして、公益法人で税金が優遇されているということは、国民の税金により相撲協会が活動しているとも言えるので、不祥事の処分は、世の中の常識に照らし合わせて行って欲しい。

処分のルールが明文化されていないので、時に甘すぎ、時に厳しすぎるのは問題である。

 

ここ数年いろいろな事件が起きたが、解雇しなければならない重大事件は次の三つ。

その一:弟子に暴力をふるった時津風親方(元双津竜)と兄弟子

その二:暴力団と交際していた木瀬親方(元肥後の海)

その三:パチンコに肖像権を売った小林顧問 (尚、公益法人でなければ、ビジネスとしてパチンコに肖像権を売るのは、解雇にあたらない)

 

 

一方、降格という処分が明文化されていないので、結果として解雇となってしまった「厳しすぎる」処分はたくさんある。例えば、

その一:春日錦のメールより八百長が疑われた力士たち。自主的に引退、引退を拒否したら解雇された。(罪の重さに応じて、降格が妥当だったと思う。)

その二:プライベートな問題で、自主的に引退した朝青龍。(引退させるなら、序ノ口に降格して欲しかった)

その三:野球賭博をした琴光喜(大関から幕尻に降格くらいが妥当だったと思う。)

その四:巡業を休んでサッカーをした朝青龍は、出場停止ではなく、大関に降格がよかった。横綱の場合、降格の方が重い処分である。力士は相撲をとらないと衰えるので、出場させることを前提に処分を決めて欲しい。

 

以上は、shin氏から頂いたコメントを読んで書きたくなったもの。

パチンコ問題を忘れてはならないし、風化させてはならない。

このブログは、小林顧問が解雇されるまで、相撲ファンに、パチンコ問題を思い出してもらうように、繰り返し、しつこく、書いていく

 

shin氏コメントを引用

「白鵬の場合、取組中汗を拭かない、懸賞金の取り方、ダメ押し、遅刻癖etc.で、以前からファンの批難の集中砲火を浴びていた。ただ、今回の審判批判もほぼノーペナルティで終わりそうだ。

7日に琴光喜の断髪式が行われた。白鵬を含む3横綱が出席して、留めバサミは佐渡ヶ嶽親方ではなく貴乃花親方だった。

もうワケがわからない。野球賭博でクビを切られて、つい1年前まで相撲協会と係争していた元大関に、こんな祝福をする必要があるのか。

相撲協会は、「何がOKで、何がアウトなのか」はっきりさせてほしい。」

 

スポーツ報知を引用

「野球賭博で解雇の琴光喜が断髪式 貴乃花親方が止めばさみ

スポーツ報知 28()74分配信

貴乃花親方が止めばさみ琴光喜が断髪式凄く誇りに思う 野球賭博に関与したとして10年7月に日本相撲協会を解雇された元大関・琴光喜の田宮啓司氏(38)が7日、東京都内で断髪式を行い大銀杏(いちょう)に別れを告げた。白鵬(29)=宮城野=をはじめ3横綱や、大関・琴奨菊(31)=佐渡ケ嶽=ら約350人がはさみを入れた。田宮氏は涙を流す場面もあり「スッキリした。寂しさはこの何年間かでだいぶ薄れた」と感想を明かした。

 解雇されたという事情からか元師匠の佐渡ケ嶽親方(元関脇・琴ノ若)は姿を見せず、止めばさみは貴乃花親方が入れる異例の形となった。同氏は「相撲界に入ったときからあこがれの人だったので」と説明。「そういう方にやっていただき、すごく誇りに思う」と感慨深げだった。貴乃花親方は止めばさみを引き受けたことに「これから長い人生があるから、一つの門出としてね。盛大で良かった」と語った。

 田宮氏は相撲協会を相手取り地位確認を求めた訴訟を起こしたが、昨年2月の控訴審判決で請求を退けられ角界への復帰を断念した。長男・愛喜くん(5)は今月1日の「白鵬杯」に出場。田宮氏は「息子が相撲をやっているし、いろんな形で(相撲界に)恩返しできたら」と話していた。

2014年10月21日 (火)

双葉山が「星を買おうとして断られた」エピソード(羽黒蛇)

双葉山が「星を買おうとして断られた」エピソード(羽黒蛇)

 

 

(訂正記事)

 

しろしたかれい氏から次の指摘を頂きました。

 

双葉山が能代潟に八百長を申し込んだのは石井代蔵の真説大相撲見聞録では昭和101月場所とされてたと思います。9日目まで441分の新小結双葉が筆頭で既に負け越しが決まっていた能代に申込んだものの将来のある者がすることではないと断られ能代が勝利した」

 

この場所の双葉山は、461分け。能代潟47敗。

 

 

 

―――以下は羽黒蛇原文

 

「相撲四十八手」笠置山 勝一 解説より引用。

 

「昭和8年だったと思うが双葉山と能代潟。立ち上がるは双方ついて出た。その㔟は互角とみえたが、あっという間に能代潟の体がころちと返って双葉山の左方に転がったのには驚かされた。突き合っている最中に右を入れてすくい投げを打ったのがみごとに決まった。」

 

感想:昭和8年の夏場所は双葉山(うっちゃり)能代潟。

双葉山(すくい投げ)能代潟は、昭和7年夏場所11日目の千秋楽

小結双葉山 65

大関能代潟 37敗1分け

双葉山が能代潟に「星を買おう」と頼んだが断られたというエピソードを聞いたことがあるが、この一番だったと思われる。二人の対戦で勝ち越しがかかった相撲はこれだけ。

 

羽黒蛇

2014年10月13日 (月)

和歌森太郎の本より引用(羽黒蛇)

和歌森太郎の本より引用(羽黒蛇)

 

和歌森太郎著作集、15相撲の歴史と民俗

弘文堂

昭和57

面白かった箇所を引用。一部要約している。

 

137

大正121月大錦は引退したから、東西を通じ、横綱は栃木山一人となった。

協会は、これに張り合うだけの横綱を、相手の片屋に据えたいと思った。となれば、源氏山の昇格よりほかにない。

私(和歌森)自身、後年栃木山の春日野から聞いたことだが、この一月の成績で源氏山を横綱にさせたいので、勝負はお手やわらかにと、出羽海勢に、協会首脳から働きかけがあったという。「冗談じゃない。八百長で横綱が出来たら、わしの横綱の権威まで消し飛んでしまう」とおとなしい栃木山だが、カーッと怒った。

だがそんなことを耳にしただけに、千秋楽での対源氏山戦にファイトが燃えず、勝ち切ることをせず、引分けに終わった。

 

211

昭和6年の二回目の天覧相撲にさいし、土俵の直径を、十三尺から十五尺に大きくした。

小さい土俵では早く勝敗がきまりがちである。それで少しでも見物の興をひくように、一まわり大きくということで、まず天覧相撲で試みたのだが、早速そのあとの五月場所から、本場所にも改革実現させた。

 

212

昭和65月、径十五尺、かつ二重土俵を一重にした土俵上に横綱はなく、・・・

どうも魅力の薄い相撲が多く・・・

長い相撲を三たび取った天龍対能代潟の取組が世間を沸かせた。

この勝負について、当時の私は、どちらも下手な人じゃないかと思ったものだ。相撲内容に面白みはなかった。

惰弱な若者にたいする士気の作興の範に相撲が利用される向きでもあった。そういう点でこの一番は模範的だとの評があった。

 

146

武蔵山が戦後協会を去り不動産屋に転じていたころ、彼とたびたび会食した。いったいよく「こぼす男」で、若いころの颯爽たる男前の相撲ぶちと、余に違うジメジメした態度に私はあわれを催した。「贔屓、後援者にだまされ続けましてね」としきりにボヤいていた。

 

横綱になるような星でもない武蔵山を、横綱に推挙した熱心な親方は高砂(大正の朝潮)だった。彼は自分のところの男女ノ川を横綱としやすいよう、前提条件をこうしてつくったのである。「武蔵山だって・・・」という言い方で男女ノ川を推そうと思ったのだ。

 

395

相撲協会が、まだ東京大角力協会とよんでいたところ、大正14年に協会は財団法人になった。そのときの「寄附行為」つまり規則に、事業の筆頭に、相撲専修学校を設置するようにうたわれていた。

ところが昭和32年までそれは無視されて来た。

いや、各力士の部屋、あれが学校だという苦しい弁明をしたりして、すませて来た。そんな解釈が通らない世の中になって、俄然これをどうするかが問題になったわけである。

一般見物人やファンからみれば、どうということもない、無関係でいられることだが、財団法人としての性格論をやる国会として無視できなかったことは当然である。文部省も、これは是非寄附行為にうたう通りに近づかねばと指導してきた。

その成果として、相撲教習所なるものも誕生したのである。

 

214

昭和6年の暮、協会は相撲専修学校と称する付属機関を設立。前々から学生相撲の指導に尽力してきた千賀浦監事(元綾川五郎次)を管理者とした。

これは財団法人たる協会の「寄附行為」にある事業目的の第一項に掲げられたものを実現させたつもりだったようだが、附属の施設では、協会の事業そのものには認められないものだった。

それにしても、この年6月に小田急沿線南林間に力士養成所を設け、・・・国民の体育、精神訓練に、これを活用させようとしてきた。

2014年10月 7日 (火)

平成3年、二子山理事長、全力士への訓示には28代木村庄之助も出席(羽黒蛇)

平成3年、二子山理事長、全力士への訓示には28代木村庄之助も出席(羽黒蛇)

 

二十八代木村庄之助の行司人生

尾形昌夫著

2011年庄内日報社

97ページを要約して引用

 

「無気力相撲を取った力士を3日間の出場停止に科す」という決定を発表する直前(19939月場所前)に、両国国技館の相撲教習所で

十両以上の力士、

行司、

親方衆を集めた緊急集会の模様を後藤さんから聞いたことがあるが、

 

二子山理事長が出席した板井をにらみつけて「板井!よく聞け」と口火を切り、

 

「八百長問題が国会で取り上げられ協会が財団法人の資格を失うことになったときは、国技館も国に取り上げられる」という危機感を、激しい口調で相撲協会の資格者一同に訴えたとのことであった。

 

感想:

「板井!よく聞け」は、「板井! 逆鉾! よく聞け」だったのだろう。

板井がとった録音を聞いてみたい。

歴史的価値のある録音である。テレビ放送したNHKの関係者は、「板井!よく聞け」あるいは、「板井! 逆鉾! よく聞け」という二子山の声を聞いたのだろうか。

 

羽黒蛇

2014年10月 5日 (日)

平成3年、二子山理事長、全力士への訓示で名指しされた二力士(羽黒蛇)

 

平成3年、二子山理事長、全力士への訓示で名指しされた二力士(羽黒蛇)

 

 

 

大達羽佐ェ門という方のツイート。相撲の歴史で私が知らない情報たくさん書かれているので愛読。古いツイートをさかのぼって読んでいたら、

 

 

 

「逆鉾は大怪我があったにしても衰えが急激すぎるので、気力の面もあったんでしょうね。曙貴台頭期に何人かの幕内上位常連力士が一気に引退していることも関係しているかもしれませんね。」と書いてあり、思わず、

 

 

 

「逆鉾引退は星を買えなくなったからという説があります。羽黒蛇」と返信ツイート。

 

 

 

「ガチンコ力士の台頭...、というところでしょうか。逆鉾に関しては、板井と親しかったこともあって噂が多いですね。」

 

 

 

「子山理事長の平成3年の発言の録音テープhttp://hagurohebi6.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/nhk-efa9.html

 

NHKでは放送されませんでしたが、二子山理事長が、全力士の前で「お前たちのことだぞ!逆鉾!板井!」と名指し。

 

もちろん、私は聞いたわけではありませんが、有名な話。」

 

 

 

私自身以前は板井氏や元大鳴門親方の証言をあまり信じていなかったのですが、元木村庄之助の後藤悟氏がこの際の二子山親方の発言を著書で述べていると知り、一定の信憑性はあるのかなと感じました。」

 

 

 

鋭い情報源です。」

 

 

 

2011年にNHKで放映された二子山理事長の訓示

 

Quote

 

今までの相撲見てみろ

 

師匠は何とも思わないのか

 

その勝ちで喜んでいるのか

 

考えてみたら恐ろしいことですよ 君ら

 

万が一、これが文部省にとりあげられたら、財産を全部 没収されちゃうんですから

 

どうして生きていくんだ

 

そうすると国技でも何でもなくなっちゃう

 

落ちてしまってからでは、浮かび上がれない

 

本当に鬼になってやってもらいたい

 

Unquote

 

 

 

週刊現代によると、録音したのは板井。

 

http://hagurohebi6.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/20083-b15f.html 

 

 

 

二子山理事長が、「逆鉾、板井」を名指しした話は、私が知っているくらいだから、有名なのだと思っていたが、この3人で検索をかけても、ネット上には出てこない。

 

 

 

羽黒蛇

 

2013年7月23日 (火)

「蒼国来」復帰で角界激震 相撲協会に跳梁跋扈 「北の湖の懐刀」の正体、サンデー毎日7月28日号の記事より部分引用(羽黒蛇)

「蒼国来」復帰で角界激震 相撲協会に跳梁跋扈 「北の湖の懐刀」の正体、サンデー毎日7月28日号の記事より部分引用(羽黒蛇)

 

小見出し:大相撲名古屋場所で復活した蒼国来(29)。だが、日本相撲協会の敗訴にはウラの事情があるという。その中心には北の湖理事砲(60)の懐刀と呼ばれる顧問の影があった。

 

本文から部分引用:

匿名を条件に、前放駒理事長に近い相撲協会の大物関係者が本誌の取材に応じた。同氏は「八百長問題に対する協会の断固たる姿勢を明らかにするためにも控訴すべきだった」と語った。

「放駒理事長体制下では裁判対策も十分に講じていた。」

「八百長調査を検証した危機管理委員会の宗像紀夫委員超が、『証拠が薄いケースで(蒼国来を)処分すべきではなかった』と話したが、証拠を精査したうえでの発言とは思えない。」と批判している。

協会の八百長根絶の決意とは別に、北の湖の信念は昔から「相撲に八百長は存在しない」だから一審判決を受け入れ幕引きをしたかったのだろう。

判決を受け角界周辺では、「八百長調査自体が杜撰だった」との情報が流れ、八百長問題はなかったとするムードが演出された。

 

サンデー毎日の記事を引用しています。以下の本文は全文を引用:

実は関係者以外にはほとんど知られていないが、危機管理委員会には「北の湖の懐刀」と呼ばれる人物がいる。昨年8月協会顧問に就いた経営コンサルティング会社社長(58)である。

蒼国来の裁判では「八百長相撲は存在しない」という理事長の意を受け、顧問が委員会ないで黒子として動いたとみられる。

「顧問は北の湖体制下で最も重用されながら、経歴には謎も多い。

台湾巡業(06年)、モンゴル巡業(08年)では理事長の権威を背景に巡業をウラで仕切り、

顧問就任後は両国国技館の応接室を専用居室として使える破格の待遇を受けている。警察OBを自称しているようだが、未確認です。」(前出・大物関係者)

 

顧問就任に先立つ124月、北の湖理事長が危機管理委の人事案を理事会に提出した際、「氏の経歴に関する詳細な説明はなかった。宗像氏は事前承認していた」(当時を知る相撲協会の元理事)との証言もある。

 

本誌が入手した民間身長調査会社の内部資料によると、顧問は立命館大卒業後、実父が経営する台湾にある生地会社に入社。その後は同社と香港にある生地会社の代表に就任。父の代から台湾でビジネスを行ってきたことから、台湾財界で人脈を築き、01年にコンサル会社を設立。先述の通りに協会の台湾巡業を手がけた。

 

時津風部屋事件で収拾に動く

一方、角界に太いパイプを持つ永田町関係者によれば、顧問は政界では「北の湖の金庫番」と称されるほどの緊密な関係が注目されていた。

07年に起きた時津風部屋の力士暴行事件の遺族対応では、水面下で北の湖理事長と一緒に政界ルートを駆使して辞退収拾に動いたと言われる。

永田町関係者は「とても腰の低い人物との印象だ。モンゴル巡業では、北の湖が顧問をわざと巡業に絡めてきた」と証言する。

 

資料によると、顧問が経営するコンサル会社は、東京・新宿の高層ビル32階にある。

電話代行秘書・歌詞会議室付きレンタルオフィス(月額賃料80万円)を本社とし、

売上高35000万円(123月期)。

業務は主に台湾企業が対象といい、相撲の海外興行のほか、鎧など美術工芸品の海外への紹介も手がけている。

 

「約10年前、北の湖理事長が反社会的勢力絡みのトラブルに巻き込まれた際、辞退の収拾をタニマチ経由で同氏が依頼されて以来の付き合い、との情報がある。」(前出・永田町関係者)

 

今や顧問として協会に浸透、「重要事項の決定に影響力を拡大させている」とは関係者の一致した見方である。

本誌が取材を申し込むと、顧問は電話で、「相撲協会の常勤顧問として、改革全般に取り組んでいるところだ。取材は相撲協会を通して欲しい」と応じた。

改めて協会広報部に申し込んだが、「現状では困難」との回答だった。

 

「ガバナンスの整備に関する独立委員会」の答申(112月)をまとめた慶応大・中島隆信教授は言う。

「蒼国来裁判の経過をみると、相撲界は依然として身内に甘い体質と言うしかない。八百長騒動とは何だったのかとむなしくなる。

北の湖理事長の言うことを聞く仲間だけで執行部を固めるのもいただけない」

北の湖理事長が危機管理委員会に懐刀を送り込んだ目的。それは道半ばにある「改革」つぶしにあった、と見るべきなのか。 本誌・徳丸威一郎

 

引用を終わります。論評は別の記事で。羽黒蛇

より以前の記事一覧

最近のトラックバック

2016年9月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

ウェブページ

無料ブログはココログ