相撲協会への提案

2015年11月21日 (土)

不戦勝は割りを戻す(羽黒蛇)

不戦勝は割りを戻す(羽黒蛇)

 

14日目は、琴奨菊、大砂嵐、豊ノ島が休場、稀勢の里、逸ノ城、松鳳山が不戦勝。

 

NHKテレビ解説の九重は、「巡業で休場者がでると対戦相手を変更する、相撲を見るのを楽しみに来たファンのためにも、本場所でも採用したらよいのでは」との趣旨の発言。

 

賛成です。相撲ファンは相撲が見たいです。

 

羽黒蛇

2015年3月19日 (木)

美しくない所作は、制限時間が理由かもしれない(羽黒蛇)

美しくない所作は、制限時間が理由かもしれない(羽黒蛇)

 

次の所作は美しくないと感じます。

横綱日馬富士が、時間前の仕切りだけ低い姿勢。

大関琴奨菊が、時間になると上半身をそらして体をのばす。

幕内琴勇輝が、時間になると「ホゥッ」

十両旭日松が、時間になると大量の塩をまく。

立合いのかけひきと待った。

 

時間一杯になってから真面目にやる、時間一杯になる前は真面目に仕切らない、と見えるから、美しくない。

立つ気がある、勝負を見せようという仕切りは真面目。立つ気がない、勝負する気がない仕切りは不真面目。

 

もちろん、私は長く相撲を見ているので、時間一杯にならないと勝負をしない(立ち合わない)ことは知っている。

しかし、あからさまに、立つ気がないと、所作で周知してしまうのは興醒めである。

 

むしろ、琴奨菊は全ての仕切りで塩を取ったあとで体をそらす、琴勇輝は全ての仕切りで、「ホゥッ」、旭日松は全ての仕切りで大量の塩をまき、次の仕切りで立つ可能性があるという姿勢を見せる方がよい。

 

もう一つの案として、いっそのこと、制限時間をなくしたらどうか。

美しくない所作より、もっと美しくないのは、立合いのかけひきと待った。制限時間をなくしたら、両者の呼吸が合った時にだけ立ち合うので、美しくない待ったも減る。

 

しかし、テレビ放送の枠があるので、無制限に仕切りに時間をかけるわけにはいかない。

江戸時代、明治時代には戻れない。

美しい立ち合い、美しい所作と、テレビ放送の枠に相撲をとらせることを両立させる案を考えてみたい。

 

羽黒蛇

2015年3月10日 (火)

提案:看板大関、看板力士、その2(羽黒蛇)

提案:看板大関、看板力士、その2(羽黒蛇)

 

弱い力士を「本来の番付より上の地位にして、対戦相手は番付より下をあてる」という看板大関・看板力士の制度を提案した。提案の意図は以下の通り。

 

その1:相撲は強弱を争うスポーツであるが、それと同時に、日本の伝統を継承するのが、公益法人としての相撲協会の存在意義である。

ならば、相撲の伝統を維持するのに価値のある力士、例えば、土俵入りの美しい横綱、風格のある大関、多彩な技を繰り出す力士を、長く現役を続ける制度を導入しても、おかしくはない。(完全なスポーツなら、おかしい。)

 

その2:伝統の価値ある力士が、弱くなったら番付が下がり、引退に追い込まれる。そこで看板力士として地位を固定し、下位力士と対戦させる。下位力士が相手なら、風格を見せること、技を繰り出すことが可能。

 

その3:人気の力士の相撲を見せることで、興行として、国民に貢献する。

 

例えば、風格の魁皇、人気の高見盛、技能の隆の山が看板力士の候補。

現役なら、若の里。

国家が人間国宝を選ぶように、相撲協会が看板力士を選ぶ。力士本人の意向を尊重し、選ぶ前に本人に打診して受けた時のみに選ばれる手順が必要。

 

白鵬が横綱になってからの魁皇は、力は衰えてきて、87敗が多かった。魁皇と対戦する力士は、魁皇が好きで、できるだけ長く現役を続けて欲しいと思いながら相撲をとっていた、のではないかと感じることもあった。立合いに小細工をしないで、ぶつかっていくような感じの相撲。魁皇と序盤戦に対戦すると本気で戦う(そして勝ってしまう)けど、中盤から後半に対戦すると、くせ者ぶりは封印するみたいな印象。これは実質的には、魁皇は看板力士として認められているのかなと。

 

羽黒蛇

2015年3月 9日 (月)

提案:看板大関の復活、その1(羽黒蛇)

提案:看板大関の復活(羽黒蛇)

 

昨日の記事で、大相撲は、現行の幕内優勝制度を続けるとしたらスポーツではない、と論じた。

スポーツでないとしたら、神事なのだろうか。

神事とは、「神をまつる儀式」。相撲には神事の要素はあるが、神事そのものを観客に見せている、と言うと、見ている観客はそう思っていないし、見せている相撲協会も、「神をまつっている」訳ではない。

 

スポーツでないとしたら、歌舞伎のような芸能か。

芸能には、落語やジャズのように、アドリブを見せるものもあるが、基本はシナリオや型があり、大相撲のように、立ち合うまでどういう展開になるか分からない見せ物ではない。

 

大相撲という興行(見せ物)は、基本はスポーツなのだが、スポーツを否定する幕内優勝制度を内包している故、完全なスポーツではない。

 

完全なスポーツではないから、弱くても、人気があれば、相撲を取らせる制度があってもよい。江戸時代の「看板大関」のように。

看板大関については、文末にWikipediaの記載を引用するが、一言で言うと、観客が見たい(運営が観客に見せたい、見せることで集客できる)力士を、「弱くても、番付の上位に抜擢する」制度である。

 

現代における「看板大関」の提案は、例えば、

その1:弱くなった横綱でも、土俵入りを見せる価値がある力士は、現役を続け、土俵入りだけ見せる。

その2:人気のある力士は、番付を下げないかわりに、優勝や勝ち越しの権利を放棄させ、番付下位の力士とのみ対戦させる。

 

例えば、引退直前の魁皇を、看板大関として、「上位とは対戦させず、幕内下位とのみ対戦させる。」上位との対戦では勝ち越せず、引退に追い込まれる大関が、下位との対戦ならいい相撲を見せることができる。下位にも勝てなくなったら、引退。

 

幕内下位の力士が15日間すべて上位と対戦しないのに幕内優勝の資格があるのを逆手にとり、

幕内上位の力士が15日間すべて下位と対戦させ、現役を少しでも長く、ファンに相撲を見せる制度を提案する。

 

「看板大関」(あるいは、看板関脇、看板前頭)なので、負け続けても地位は下がらない。その代わり、どんなに勝っても優勝はできない。上位と対戦しないのだから。

 

羽黒蛇

 

Wikipediaより

看板大関(かんばんおおぜき)とは、江戸時代相撲大関不在時の穴埋めとして、大きくて見栄えがするというだけの理由で番付に大関として記載した力士

このように選ばれた大関がそれにふさわしい力を備えているとは限らない。そのため、土俵入りには毎日出場するが、取組はほかの力士が出場しない千秋楽に看板大関同士の対戦だけであったり、全休で一番も取らないという例も少なくなかった。

実際に本物の大関と認められる実績を残した者は非常に少なく、その多くは次の看板大関が見つかると番付から姿を消す。ただし、実力を認められた者は関脇小結、または平幕に「降格」(厳密に言えば実力相応の地位に配置されたのだから降格とはいえないが)されている。実際に、実質的な最初の横綱である谷風も元は看板大関で、前頭に降格後実力で大関位を手にしている。

江戸時代には看板大関以外にも、関脇、小結、前頭等にも同様の看板力士の例があり、看板大関同様それにふさわしい力を備えているとは限らないため、取組は数番しか取らなかった、あるいは一番も取らず土俵入りのみ出場したという例が多かった。長身力士として知られる生月鯨太左衛門や、怪童と呼ばれた大童山文五郎も、そのひとりである。

看板大関の制度自体は江戸時代のうちに消滅するが、明治時代までは「小さい者は大関にふさわしからず」と言われて番付でも大きい者は優遇、小さい者は冷遇されることが多かった。その影響を受けた力士の代表として大砲荒岩が挙げられる。大砲は並外れた巨漢で、新入幕場所では36敗と振るわなかったにもかかわらず翌場所上位力士に好成績者がいなかったために小結昇進を果たし、その後も大きな期待を集めて番付面で優遇され横綱になっているのに対し、荒岩は横綱級の実力を持ちながら、当時の横綱陣に体格が劣ったために横綱昇進を果たせなかった。(引用終わり)

2015年1月31日 (土)

雲龍型・不知火型という誤用をやめ、新しい呼称を提案(羽黒蛇)

雲龍型・不知火型という誤用をやめ、新しい呼称を提案(羽黒蛇)

 

横浜図書館の相撲文庫で一番古い新聞の文献は、大正4年万朝報。

春場所は、横綱太刀山全休で。大関鳳が全勝優勝、場所後横綱に昇進。

夏場所は、太刀山全勝優勝、鳳は栃木山と大錦に負けて途中休場、小結大錦は太刀山に負けただけの91敗。

 

万朝報より:鳳土俵入りの型

鳳の横綱免許は両三日中吉田司家より藩主細川侯に奉呈し同侯より鳳に授与さるる由なるが、土俵入りの型につき種々協議せる所、故不知火は丈六尺二寸程の大男なりしも色白く肉付き豊かにて鳳に酷似せる由にて、同力士の型に倣うてはとの説出てほぼそれに決したりと。

 

大正4年の新聞記事は、鳳の土俵入りは不知火型。

現在では、鳳の土俵入りは雲龍型。

大正4年の現役横綱太刀山の土俵入りは、現在は不知火型。

これは、羽黒山が土俵入りを、太刀山と同じ型にした時、彦山光三が不知火型と誤って表したからというのが定説。

 

相撲協会は、雲龍型・不知火型の呼称を使うのをやめて、梅ケ谷型・太刀山型に変更すべき。誤りの呼称を使い続けるのは、歴史を軽視することだから。

現在の不知火型を完成させたのは太刀山と明確だが、現在の雲龍型を完成させたのはどの横綱か明確ではないとされる。

そこで、代案として、双葉山型・羽黒山型という呼称を提案する。土俵入りの型を完成させた横綱ではないが、いずれも大横綱で同時期に活躍し、二つの土俵入りを見せたのだから。

 

羽黒蛇

相撲ルールの変更案(羽黒蛇)

 

相撲ルールの変更案(羽黒蛇)

 

 

 

一つ前のブログ記事「相撲をとっている力士が、みんな白鵬のように感じているのだとしたら、勝負のルールを変えた方がよいのではと私は感じた。白鵬以外の力士の本音をききたい。」に補足します。

 

 

 

例えば、白鵬と稀勢の里の一番。

 

ただ今の協議について説明します。行司軍配は白鵬に上がりましたが、稀勢の里の足が出る前に、白鵬の足の甲が土俵についているのではないかと物言いがつきました。ビデオ室に確認のところ、白鵬の足の甲が先についておりました。しかし、相撲は白鵬が一方的に攻めており、協議の結果白鵬の勝ちとします。

 

 

 

例えば、戸田と大鵬の一番。

 

ただ今の協議について説明します。行司軍配は大鵬に上がりましたが、大鵬の足が出る前に、戸田の足が土俵を出ていないのではないかと物言いがつきました。戸田の足が先に出ていることは確認できましたが、相撲は戸田が一方的に攻めており、協議の結果軍配差し違えで戸田の勝ちとします。

 

 

 

私は足が先に出ていた戸田の勝ちにすべきであると主張しているわけではない。白鵬が稀勢の里との一番で感じた「圧倒的に自分が有利」を無理やりルールに反映すると、このような協議結果になるという仮説である。

 

このルールを採用すると、審判の主観が入り、分かりにくく、明文化が難しい。

 

 

 

近世日本相撲史(第一巻)によると、昔の相撲は、勇み足は負けにならなかった。現本が手元にないので、正確な引用はおって。

 

彦山光三著「相撲読本」134頁より引用。

 

「昔は勇み足は負けにならなかったのであるが、今日はこれも負けとされている。したがって、せっかく相撲に勝っても勝負には負けたということになる。」この本は、昭和27年の本。

 

 

 

白鵬の審判発言を聞いて、私がまず思い出したのは、これらの文献。白鵬が、「相撲に勝った力士を、勝負も勝ちにすべき」と主張したのだと理解した。もしルールが「相撲の勝ちが、勝負の勝ち。足が出た、手がついた、足の甲がついたは攻めていれば負けにしない。」であるなら、白鵬の言う通り、「子供が見ても」稀勢の里の負けで、物言いのつく相撲ではない。

 

 

 

一力士の主張するルールに変えるのがよいとは主張しないが、新しいルールを作るのではなく、昔のルールに戻るのだとしたら一考に値する。

 

相撲ファンの立場からは、面白い相撲が増えるルール変更なら賛成。

 

 

 

羽黒蛇

 

2015年1月13日 (火)

座布団投げは禁止すべきか(羽黒蛇)

 

座布団投げは禁止すべきか(羽黒蛇)

 

 

 

昨日のブログ記事には、「観客が座布団を投げることを禁止すべきだ」という私の主観的意見を書いた。

 

ここで、座布団投げは禁止すべきかを、ブログ記事にいただいたコメントを引用しながら、考えてみたい。

 

 

 

コメント1:アナウンサーと平井理央が「座布団が舞うのを見られてよかった」みたいな会話をしていました。宝富士も「まさか自分で座布団を飛ばせるとは。夢を見ているみたい」とコメントしています。つまり、見る側も取る側も「罪悪感」の意識はない。

 

 

 

コメント2:他の競技にくらべ、大相撲の観客は大人しいと思います。座布団で怪我をすることなんてあり得ない━と感じますが、観方が甘いのでしょうか

 

 

 

コメント3:昨日は国技館で見てたのですが、特に悪質だった気がします。大した敗戦ではなかったこと(鶴竜はよく負ける)、最初はそんなに飛んでなかったのが、12枚飛んだらそれなら俺も、って感じで続々とというのがなんとも。

 

 

 

 

 

座布団を投げることに罪悪感はない、には同意。好角家の内館牧子氏は、投げられなくなった九州場所の座布団を批判していた。座布団を投げる楽しみをファンから奪ったと。

 

 

 

私が「禁止すべき」と主張する理由は、危険だから。

 

個人的な話をしますと、私は2005年に頸椎の病気にかかり、それ以来国技館で飛んでくる座布団が怖くなった。あの重たさの物が、あの速度で飛んできて、病気の個所にあたり悪化したらどうしようという恐怖。

 

その時、初めて、自分より体の弱い方は、もっと怖いのだと共感できるようになった。老人と子供。

 

座布団を投げる人たちは、自分の祖父・祖母・子供が、前で観戦していても、投げるのだろうか。

 

 

 

視点を変える。

 

座布団投げがどれだけ危険かの議論から離れて、観客がライブ会場での騒ぎに参加することを楽しむ風潮は好きになれない。

 

 

 

例えば、野球の応援。うるさくて嫌いである。応援がうるさいからが唯一の理由ではないが、プロ野球は観戦しなくなった。

 

例えば、アイドルのライブ。動いて騒ぐ観客。ゆっくりアイドルを見たいのに邪魔。ぶつかるのではないかと危険。

 

 

 

AKB48に対する批判は多いが、それまで立ち席のみだったライブハウスを、椅子席にして着席強制させたことを、私は評価する。

 

立って騒ぎたい(それまで主流の)若い男性客を締め出し短期的売上・利益が減ってでも、老若男女幅広いお客にライブを見てもらおうという意図。

 

 

 

相撲協会に、座布団投げの禁止の徹底を提言するのは、

 

短期的に、座布団を投げたくて相撲観戦にくる客が減っても、

 

長期的には、安全に観戦できる国技館をめざした方が、志が高いと考えるから。

 

 

 

羽黒蛇

 

2015年1月12日 (月)

2015年1月場所2日目、国技館観戦、座布団問題(羽黒蛇)

 

20151月場所2日目、国技館観戦、座布団問題(羽黒蛇)

 

 

 

現代相撲は押し相撲が全盛。初日の横綱三番の決まり方が「いなし」であることに不満を持ったが、相手が押し相撲なら仕方ない。初日の対戦は、

 

白鵬:栃煌山

 

鶴竜:高安

 

日馬富士は右四つ四つ相撲の栃ノ心に対して、速攻で後ろ向きにしたが、四つになると体の小さい横綱が不利。

 

 

 

2日目の鶴竜・宝富士の一番も、四つになると体が小さく不利な横綱が、押しで勝とうとしたが、四つに組まれて敗れた。

 

白鵬が、二人の横綱に比べて強いのは、栃ノ心相手に、相手十分のがっぷり四つになっても、楽に勝てること。栃ノ心が力を出す前に、下手投げ。

 

 

 

鶴竜が負けたのは結びだったので、座布団が舞った。

 

昔は、負けるはずがない横綱が負けたという番狂わせの時だけ、座布団を投げていた記憶があるが、最近は、なんでもかんでも投げる。

 

 

 

割りには次の通り書いてある。

 

「ご注意 場内で物を投げるなど進行の妨げになる行為をした場合は、退場もしくは処罰されますので、ご注意ください。」

 

 

 

「座布団は物を投げて人に怪我をさせた場合は、暴行罪・傷害罪に該当する場合があります。物は絶対に投げないようにお願いします。」

 

 

 

一度、物を投げた客を、拘束して、事情聴取することを、相撲協会にお勧めする。

 

お客はみんな早く帰りたいので、逮捕しなくても拘束されると分かったら、座布団を投げない。

 

怪我をしたお客が、相撲協会を、監督不行き届きで、莫大な損害賠償請求をする前に手を打つべき。

 

 

 

羽黒蛇

 

2014年11月10日 (月)

休場で地位を下げないことが八百長防止(羽黒蛇)

休場で地位を下げないことが八百長防止(羽黒蛇)

 

栃ノ心の怪我による休場を例に、現行制度と、私の提案を比較してみる。

                                                                                                                       
 

 

 
 

実際の地位

 
 

実際の成績

 
 

実際の給料

 
 

羽黒蛇案地位

 
 

羽黒蛇案給料

 
 

257

 
 

前頭11

 
 

3-3-9

 
 

幕内

 
 

前頭11

 
 

幕内

 
 

259

 
 

十両1

 
 

全休

 
 

十両

 
 

前頭11

 
 

十両

 
 

2511

 
 

十両14

 
 

全休

 
 

十両

 
 

前頭11

 
 

十両

 
 

261

 
 

幕下15

 
 

全休

 
 

なし

 
 

前頭11

 
 

なし

 
 

263

 
 

幕下55

 
 

7

 
 

なし

 
 

前頭11

 
 

幕内

 
 

265

 
 

幕下6

 
 

7

 
 

なし

 
 

 

 
 

 

 
 

267

 
 

十両12

 
 

132

 
 

十両

 
 

 

 
 

 

 
 

269

 
 

十両5

 
 

15

 
 

十両

 
 

 

 
 

 

 
 

2611

 
 

前頭8

 
 

 

 
 

幕内

 
 

 

 
 

 

 

4場所休場した栃ノ心は、羽黒蛇案では、休場明けの263月が幕下ではなく幕内。栃ノ心のように、4場所連続優勝で幕内に復帰する例は非常に少ない。

羽黒蛇案の、地位と給料が出場と同時に元に戻る、と比べると、

現行制度は、元の地位と給料に戻るのに、最低でも休場と同じ場所数優勝を重ねないと復帰できず、病気・怪我に対するペナルティとしては大きすぎる。

 

ペナルティが大きすぎると、八百長を誘発する。

 

栃ノ心は出場できない大怪我だったが、架空の議論として、

前頭11枚目の力士が32敗で怪我をしたとする。

本来は休場すべきだが、地位を下げたくなかったので、出場したとする。

ガチンコでは、312敗となる重傷だったとする。

私だったら、八百長の誘惑に負ける。

前頭11枚目なら69敗で、幕内の残れる。3番買おう。

この3番を来場所返すとすると、03敗で、12日間、84敗はら勝ち越しで幕に残れる。

 

私のように平気で悪魔に魂を売る人間が相撲界にいると、現行制度は八百長の誘惑に負ける力士が出てくる。

仮にそんなことが全くないとしても、怪我をしているのに勝つのは星を買っているのではないか、とファンに疑われる。

 

八百長問題は、本当に八百長があるか否かよりも、ファンに八百長があるのではないかと疑われるような制度をなくすことが大事なのである。

休場しても地位を下げる現制度が、八百長の疑いを増やし、

休場しても地位を下げない制度が、八百長の疑いを減らす。

 

蛇足だが、前頭4枚目以上にのみ幕内優勝の資格、5枚目以下にはたとえ全勝でも優勝と認めない制度も、八百長の疑いを減らすためには必要。

私のように平気で悪魔に魂を売る人間が相撲界にいると、大関の実力があれば、上位で八百長して負け越し、下位で優勝をめざす。

 

羽黒蛇

2014年11月 9日 (日)

提案:休場しても番付を下げない(羽黒蛇)

 

提案:休場しても番付を下げない(羽黒蛇)

 

 

 

豊真将が初日から休場。十両9枚目なので来場所は幕下。

 

舛ノ山の先場所、初日から6日休場、7日目から13敗、11日目から休場。十両西7枚目から、幕下西5枚目に陥落。

 

栃ノ心が、平成257月西前頭11枚目で途中休場。4場所休場して、幕下優勝2回、十両優勝2回と連続4場所優勝して、今場所幕内に復帰。

 

 

 

力士に怪我はつきものである。

 

以前は公傷制度があったが、休場しても地位が下がらないのは一場所だけだった。

 

 

 

相撲ファンの立場から考えると、怪我をして相撲が十分にとれない力士は休場して欲しい。無理に相撲をとって、怪我がひどくなったり、再起不能になるのは、いい相撲を減らす。

 

怪我をかばいながらの相撲では、客が満足するいい相撲をとるこができない。

 

体調万全には回復しなくても、怪我が相撲に影響していないと、素人の相撲ファンに思わせるレベルに回復してから、土俵に上がって欲しい。

 

 

 

怪我をしている力士が無理をしてでも出場するのは、休場すると番付が下がるからである。

 

いっそのこと、休場力士の、番付を下げないルールにすればよい。

 

地位を下げないが、給料は下げる。

 

 

 

公傷制度との違いは、

 

公傷であってもなくても地位を下げない

 

一場所だけではなく、何場所休んでも地位を下げない。

 

 

 

私の提案の良い点は、怪我をした力士、病気の力士が、治るまで十分な治療を受けられること。

 

弱点は、大相撲の伝統に反すること。休むほどの怪我でなくても休む「さぼり」の力士が出るおそれがあること。

 

 

 

一つ目の弱点との引き換えに、八百長を疑われる相撲を減らすことができる。

 

二つ目に弱点は、給料を下げるのだから問題がない。「さぼり」で休場すれば、地位は下がらないが、収入は減る。

 

 

 

羽黒蛇

 

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