相撲評論・現在の大相撲

2016年1月27日 (水)

shin2さんのコメント

 

日刊ゲンダイは、「安倍首相と白鵬大嫌い新聞」として認識していたが、ここまで詳細に記事を書いていることに正直驚いている。

 

NHKの地上波のメイン解説十三日目は貴乃花親方と、NHKのサイトに場所前には明記されていた。

ところが場所中に(おそらく中日ぐらい)急に尾車親方に変更となった。

尾車親方は「八角派」の中心人物であり、八角親方が理事長に就任後、ナンバー2の事業部長に指名された。北の湖理事長時代、ナンバー3だった貴乃花親方を序列で抜いたことになる。

八角理事長の「人事異動」は、理事選前から始まっている。「反八角派」=「パチンコ派」はどのような反撃に出るのか。

十四日目琴奨菊が栃煌山に勝った時点で、白鵬は一敗で優勝決定戦の可能性もあった。

ただ「十年ぶりの日本人優勝が懸かった大関vs35回優勝のモンゴル人横綱」となれば、白鵬にとっては最悪のアウェイ状態だ。

十四日目の稀勢の里戦、白鵬は立ち合い一歩も踏み込んでいない。勝手な妄想だが、白鵬は優勝を放棄してしまったのではないか。

 

白鵬、千秋楽の日馬富士戦もヒドい内容だった。巡業の取組のほうが気合いが入ってるくらいだった。

 

白鵬が貴乃花親方が心酔する宗教団体の豆まきに参加する。

 

>>http://www.ryujinsogusha.or.jp/%E5%B9%B3%E6%88%90%EF%BC%92%EF%BC%98%E5%B9%B4%E7%AF%80%E5%88%86%E7%A5%AD%E3%81%8A%E5%BE%97%E6%83%85%E5%A0%B1/

どうやら「貴乃花親方→理事長昇格→白鵬、モンゴル国籍のまま一代年寄に」という計画のようだが、今度の理事選、どんな結果が出るか。

 

 

2016年1月23日 (土)

14日目、稀勢の里の立合いの当たりに、白鵬土俵下まで飛ばされる(羽黒蛇)

14日目、稀勢の里の立合いの当たりに、白鵬土俵下まで飛ばされる(羽黒蛇)

 

歴史的な一番を見た気持ち。国技館で観戦。

白鵬が立合いの当たりで負ける相撲は日馬富士以外は記憶にないが、稀勢の里の当たりに土俵下まで飛ばされただけでなく、尻もちをついた感じ。

大鵬は押し相撲に取りこぼしがあり、柏戸の立合いからの一気の攻めに負けていた。映像で繰り返し映るのが、45連勝始まる前に栃東に負けた相撲、戸田に負けた相撲。白鵬はこういう負け方がほとんどなかった。

北の湖は、魁傑の突っ張りに負けた優勝決定戦、朝潮に何回か負けた相撲、尻もちをついた感じ。白鵬はこういう負け方がほとんどなかった。

負け方の印象で、白鵬は、大鵬よりも、北の湖よりも、強い横綱と感じていたが、それを稀勢の里が打ち砕いた。

 

白鵬が琴奨菊に安易な張り手で先手をとれず一方的に負けたのが11日目。12日目豪栄道、13日目鶴竜の二番も立合いは悪かった。今日の稀勢の里との一番も悪かった。鋭さがない。

 

白鵬は大鵬の優勝記録を更新してから目標を失い、相撲に勝つという執念が足りないという批判をする相撲ファンは多い。

一方、勝つ執念を見せると、横綱は張り手をすべきでないとか、横綱はかち上げをすべきでないとか、横綱は立合いで駆け引きをすべきでないと、批判される。

白鵬が立合い踏み込めず稀勢の里に吹っ飛ばされると、やる気がないと批判される。

白鵬はどんな立合いをしても批判されるのである。

 

日馬富士の必殺技は、左変化で上手をとりにいくスピード相撲。この立合いで負けたことを私は一度しか見たことがない。しかし、必殺技であるが故に頻繁には見せない。

白鵬の勝つ執念の立合いも同じで、頻繁には見せない。琴奨菊との優勝決定戦なら見せる可能性は高い。今日の稀勢の里戦は、そこまでではなかったと解釈できる。

 

勝利へ執念深い立合いを封印した白鵬が稀勢の里に立ち向い、対する稀勢の里がいい相撲をとると、大差で稀勢の里が勝てる。

 

私は大相撲は江戸時代に帰る方がよいと思う。

谷風も雷電も優勝回数をかぞえて相撲をとっていなかった。江戸時代には優勝制度がなかった。雷電は谷風の優勝回数を超えたか超えないか分からなかったから、超えたとして、超える前と同じ気持ちで相撲をとった。自分の相撲をお客に見せることだけを考えて。

白鵬も江戸時代なら、大鵬の優勝回数を超えたことを知ることもなく、達成感もない代わりに、記録を超えてやる気を失うこともなかった。

記録は相撲を楽しむ大きな要因ではあるが、記録があるから、つまらない相撲が増えることを知る。

 

もし今場所豊ノ島が優勝すると、12日間弱い対戦相手、3日間は白鵬・琴奨菊と同等の対戦相手。

バラエティ系のクイズ番組では、一番最後のクイズで大きな点数が与えられ、一問だけ正解した回答者が1勝(残り全敗)で勝つというルール(お約束ごと)がある。この手の番組を見る人は、クイズ競技としてではなく、遊びとして見ている。

同様に、大相撲の幕内優勝は、一番価値ある勝者(吉葉山・稀勢の里)ではなく、幕内下位(時津山・旭天鵬)を優勝の資格を与える。バラエティクイズのように勝ち星の遊びをしているだけ。

 

先場所の白鵬は14日目に照ノ富士にわざと負けた、とこのブログに書いた。

陰謀史観の立場で相撲を見ると、先場所の白鵬は、日馬富士に優勝を譲り、全力を出さなかった。

11日目白鵬が負けたのを見て、「琴奨菊の大事な場所で、白鵬は琴奨菊に負ける(羽黒蛇)

琴奨菊が大関を目指す場所で白鵬に勝った時に、白鵬は相撲協会全体の盛り上がりを考えて手を抜いたと感じたことを、100敗同士の横綱大関の注目の対戦の前に思い出した。走馬灯のように。」とツイートした。

今日の相撲観戦の後、相撲ファン5人と会食したが、「ちまたでは、白鵬が空気を読んで全力を出さない、と言われている」

 

私は白鵬は、精神力・気持ちを論じるより、単に相撲が弱くなったのだと思う。

それを証明したのが、稀勢の里に圧倒された今日の一番。

 

明日白鵬が優勝しても、殊勲賞は、琴奨菊に勝った豊ノ島。大関一人を倒して殊勲賞。大関に勝った関脇以下の力士に殊勲賞を受賞させるべき。

 

明日琴奨菊が優勝すると栃東以来の日本人の優勝。外国人が優勝し続けると相撲人気は衰えるのか、外国人が優勝し続けても相撲人気は衰えないのか、という点に興味津々だったので、残念である。

 

羽黒蛇

2016年1月12日 (火)

日本人力士、優勝するとしたら栃煌山(羽黒蛇)

日本人力士、優勝するとしたら栃煌山(羽黒蛇)

 

年初にあたり六場所の優勝を考えてみた。羽黒蛇は日馬富士は平成2511月場所の優勝が最後の優勝で力は衰えたと感じていたので、先場所の優勝は意外。今年は引退と予想。

鶴竜は勝率はよいけど強くない。稀勢の里より弱いけど取りこぼしは少ない。強くない鶴竜は、白鵬と照ノ富士が崩れないと優勝できない。

ケガが治ると照ノ富士が一番強い。照ノ富士が白鵬より強いと評価するので、優勝は照ノ富士4回、白鵬2回という前提で考える。

日本人力士への期待は、強いけど期待を裏切り続ける稀勢の里より、実力があり大勝ちする可能性のある栃煌山の方が可能性が高い。期待をこめて、照ノ富士3回、白鵬2回、栃煌山1回。

 

初日稀勢の里が安美錦の立合い変化に負けて、二日目稀勢の里・栃煌山が対戦した時は、「日本人優勝の可能性を高めるには、栃煌山が勝つ方がよい」と思いながら見ていた。栃煌山を苦手としている稀勢の里は、先場所千秋楽(日馬富士を一蹴)と同じような素晴らしい相撲で勝つ。優勝争いより、相撲内容に感心のある羽黒蛇は、いい相撲を見ることができて満足。

 

モンゴル4人が優勝本命を決めているという陰謀史観に立脚すると、9月鶴竜、11月日馬富士、今場所は優勝から離れている白鵬の順番ということになる。1敗の稀勢の里が白鵬についていき、本割と優勝決定戦に勝つ必要がある。

 

羽黒蛇

2015年12月31日 (木)

1月場所の資料をお送りいたします  真石博之

1月場所の資料をお送りいたします

○九州場所の白鵬は、さびしくなった身体にかつての張りが戻った印象があり、6日目までは盤石の相撲。

7日目、前場所に苦杯を喫している隠岐の海に攻め込まれた土俵際で上手やぐらを決め、翌日には39回目の中日勝ち越し。ところが、10日目の栃煌山戦で2度の猫だまし、翌日の稀勢の里戦では立ち合いだけでなく途中のにらみ合いでもビンタそのものの張り手と感心できない取り口。13日目の日馬富士戦は「スピード負けした」と語った通りの完敗で初黒星。ひどかったのは翌日の照ノ富士戦。ガップリ右四ツのまま、得意の巻き替えも試みず、廻しを切ろうともせずの2分49秒。まだ負け越しの可能性もあったモンゴルの後継者照ノ富士に勝ち越しを進呈する相撲にも見えました。千秋楽には鶴竜にも敗れて終盤での3連敗となったため、白鵬の体力の衰えを指摘する声もありますが、もともと、白鵬は序盤と中盤に滅法強く、終盤はさほどではないのです。別紙『白鵬の序盤・中盤・終盤の戦績』にある通り、横綱に昇進してから初の休場をするまでの48場所で、序盤に負けたのは240回(5日×48場所)のうちの9回だけ、中盤は17回だけに対して、終盤の5日では48回負けており、2勝3敗の終盤も5回あるのです。

 

○2場所連続で休場していた日馬富士は、2日目、大砂嵐に先にガッチリと上手をひかれ何の抵抗も出来ずに寄り切られ、前途多難を思わせました。しかしその後は、突きささるような立ち合いで相手を一気に攻め落とす全盛時の相撲ではなく、しっかりと廻しを取って相手に体を密着させ頭を胸につけて出るという丁寧な相撲で勝星を重ねました。13日目、全勝の白鵬に対しては一転しての速い相撲。左に少しずれた立ち合いからイナし、泳いだ相手の上手を取り、右も差して寄り倒し、相星の優勝争いに持ち込みました。

翌日、白鵬が敗れたため逆転、星一つリードして迎えた千秋楽は、両者ともに敗れるという何とも気の抜けた優勝となりました。幕内最軽量という決定的なハンディキャップを持ち、それが原因とも思える両足首の痛みと肘の負傷を乗り越えての7回目の優勝でしたが、この先も身体と相談しながらの相撲でしょう。

 

○前場所優勝の鶴竜は初日に嘉風に敗れ、同じ力士に3連敗という横綱として恥ずかしいスタート。押し込まれては引く同じ取り口で不調の妙義龍にも敗れ、これまた同じ力士に2連敗。10日目には、豪栄道に張り手を見舞われ両差しになられての完敗。千秋楽に白鵬を破って意地を見せたものの、これが横綱同士の対戦でやっと2つ目の勝星で通算2勝10敗。結局は9勝6敗で、横綱の地位も前場所の優勝も泣きます。もっとも、9月場所の優勝は、3度も立ち合いに変って手にしたものでした。

 

○日馬富士と鶴竜を抜いて実力No.2に駆け上がり、横綱は指呼の間と思われた照ノ富士が右膝を傷めたのは9月場所の13日目。その怪我の回復が思わしくなく、「怖い」と漏らしつつ出場に踏み切った九州場所は、終始おっかなびっくりの土俵でした。初日は重い逸ノ城を相手に、自分有利の組み手に持ち込むまで51秒かけて料理したものの、翌日には、栃煌山に両差しを許して中に入られると、売り物だったこらえる脚がなく、あっさりと寄り切られました。上背では3cm負ける勢の右差しからの掬いにも呆気なく体が浮いてしまっての完敗。寄られるとずるずる下がり、横に動かれると対応できずで、あの強さがまったく影をひそめての9勝6敗。秋場所の終盤2日間の強行出場と同様に、九州場所出場は完全に裏目に出ました。11月末に24歳になったばかり、2場所休んで関脇から出直しても、時間はたっぷりあるのです。

 

○稀勢の里は2日目に嘉風に敗れたものの、苦手の碧山戦では星を拾い、白鵬を星の差一つで追走しました。ところが、その白鵬戦の前日に、豊ノ島の両ハズの押上げに寄り切られてミスターガッカリぶりを発揮し、そこからずるずると4連敗。千秋楽で日馬富士の優勝決定を4分間遅らせただけの九州場所でした。

○カド番で臨んだ豪栄道は7日目で4勝3敗の苦しい展開。その後、照ノ富士と鶴竜を破って、6勝4敗と愁眉を開きかけたものの、7勝7敗での千秋楽となりました。栃煌山にモロ差しを許して攻め込まれた絶体絶命のピンチで、これしかない首投げに相手がまんまとかかってくれて大関を延命。大関での通算成績は61勝58敗1休。3つの勝ち越しで大関在位連続8場所とは、麒麟も首をすくめる超低空飛行です。

 

○小結に返り咲いた嘉風は、初日、横綱鶴竜に対して激しい突き押しから頭を下げて懐に入り、相手の苦しまぎれの引きに乗じて、渡し込みで土俵下まで吹っ飛ばしました。横綱戦4連勝です。続く2日目、大きな稀勢の里を相手に押し込んだところで強烈な左ハズを受けて右半身が浮きそうになったものの、咄嗟に肩透かしを決めました。9日目、栃ノ心と離れての互角の攻防の中で体勢を崩されたかに見えた次の瞬間、馬のような相手の脚を右手一本で持ち上げ、そのまま土俵の外に運びました。お互いに勝ち越しを賭けた14日目は、豪栄道をまったく問題にせずに押し倒し。3場所連続での4つの三賞、年間勝利数でも54勝の4位でした。初場所は33歳にして初の関脇。幕内3番目の年配力士の若々しい相撲に期待します。

 

○立行司の第40代式守伊之助が、秋場所に続いて九州場所で7日目までに2度の差し違いをして、3日間の出場停止の処分を受けました。日馬富士―碧山戦は確かに判定の難しい相撲でしたが、白鵬―隠岐の海戦は誰が見ても分る明らかな差し違い。行司の昇進が入門順の単なる年功序列になり、誰もが立行司に昇進できるようになったため、木村庄之助が11年間に7人も生まれる替り過ぎが続きました。ところが、突然、世代の空白ができ、最年長者が昭和25年生れから一気に34年生れになり、今の伊之助は、定年まで11年以上ある53歳で一昨年11月場所に昇進しました。最高位の庄之助は空位のままです。

 

○北の湖親方が九州場所中に亡くなりました。文句なしに強かった現役時代に加え、気配りと情のある理事長との賛辞ばかりが聞かれます。しかし、芳しからざる人物を協会に入りこませてしまった罪は重大です。

 

平成27年を振り返って

○部屋別勢力 (別紙「部屋別勢力一覧」と「上位部屋の変遷と部屋頭」をご覧ください)

(部屋の勢力を比較するために、横綱20点、大関10点、三役4点、平幕3点、十両1点の点数化をしています。「同じ横綱でも値打が違う」等のご異論もおありでしょうが、ご容赦願います。)

 競技寿命が短く、栄枯盛衰が激しいのが大相撲の世界ですが、珍しいことに、上位10位の部屋の顔ぶれが前年と同じです。その中で境川部屋が点数を大きく伸ばしたのは豪栄道が通年で大関だったからです。

 

○横綱大関年収 (別紙「横綱大関の公式年収」をご覧ください)

  (公式年収とは、公表されている相撲協会からの支給金等の合計で、ご祝儀の類は含みません。)

 白鵬が9年連続1億円越えのトップで、最近6年間で4度目の2億円越えです。3回の優勝で得た優勝賞金、業績の累積で決まる給金、実力と人気を示す懸賞金、このいずれでも他を圧倒しています。照ノ富士が三賞賞金と初優勝の賞金に加え、懸賞金でも2位に入り、先輩大関を抜いて第4位に駆け上がりました。

 

○平成26年の新十両9人の歩み (別紙「新十両9人の戦績」をご覧ください)

 昨26年に新十両に昇進した9人の歩みです。来る初場所の番付での幕内は逸ノ城と輝だけで、十両が4人、幕下に逆戻りが3人となっています。今のところ、新十両の平成26年組は不作です。

平成27年12月26日   真石 博之

2015年11月 8日 (日)

11月場所の資料をお送りいたします。 真石博之

 

11場所の資料をお送りいたします

 

 

 

○秋場所は、日馬富士が休場、白鵬も3日目から休場となり、横綱は鶴竜だけ。その一人横綱が10日目までに2敗を喫してしまい、照ノ富士が全勝で星二つリードする独走の展開。ところが、12日目から俄かに混戦となりました。照ノ富士が稀勢の里戦で怪我をして3連敗となり、2敗の鶴竜が逆転リード。そのまま逃げ切るかと思いきや、千秋楽の対決で照ノ富士が鶴竜を破り、優勝決定戦の末に鶴竜に軍配があがりました。こう書きますと、白熱した優勝争いのようですが、内容はお粗末だったと思います。

 

一場所に3度も立ち合いに変化した弱い横綱が、実力大関の負傷に助けられての優勝です。この二人による千秋楽の本割と優勝決定戦を出来過ぎた筋書きと感じるのは、へそ曲がりが過ぎるでしょうか。

 

 

 

○白鵬は初日に隠岐の海、二日目に嘉風と連敗。横綱49場所目にして初めての休場に追い込まれましたが、「ここまでよくぞ休まなかった」と賞賛すべきでしょう。「大腿四頭筋(腿の一番大きな筋肉)を痛めた理由は、師匠の宮城野親方によればオーバーワーク。いつもの場所は、「6~7割の出来で初日を迎えれば終盤にいいものが出る」との判断で、場所直前の2週間だけで仕上げ、それまでは身体を休めることに専念したとのこと。

 

ところが、秋場所前には長い巡業があり、その間で休んだのは足の指が化膿した4日間だけで、結局、15日間を精勤。そこまでやった理由について白鵬は、「巡業初日に関取衆の前で“長い巡業なので、なるべく稽古をしましょう”と言っちゃった」と振り返っています。さらに番付発表後、耐震性の問題とかで自分の部屋の土俵が使えず、通常より1週間早く出稽古を開始し、他の部屋の関取と、通常の倍の8日連続で稽古をしたとのこと。

 

この程度でオーバーワークというのは、昔に比べて随分と稽古量が減っていることを物語りますが、その白鵬よりも日本人大関の稽古の方が少ないのですから、困ったことです。

 

 

 

○白鵬のよもやの休場が発表された3日目、生れて初めて一人横綱になった鶴竜は、正に鼎の軽重が問われる局面に立って緊張したのか、頭から真っ向勝負に来た嘉風を引いてしまって完敗。その後の何日かは無難に乗りきったものの、分の悪い妙義龍にも引いてしまって2敗となった翌日の11日目、これも苦手の栃煌山に立ち合いで変化して顰蹙を買いました。さらに14日目、星の差一つで追ってくる稀勢の里との決戦で、立ち合いで右へ飛んだところ、何と手つき不十分で「行司待った」。仕切り直しのあと、あろうことか今度は左に飛びました。本人が「勝ちたい気持が出た。一度目は失敗したのでもう一回、気にせずやろうと思った。チャンスを逃したくない」と語った確信犯です。ほかの二人の横綱が下り坂の中で、横綱になって初めて優勝した鶴竜がどう変っていくのか、あるいは変らないのか、注目したいところです。

 

 

 

○大関2場所目で東正大関に座った照ノ富士は、11日目、強烈な右おっつけで琴奨菊の身体を根こそぎ持ち上げて土俵に叩きつけ、同じ大関ながら、まるで大人と子供のような格の違いを見せつけました。ところが、翌12日目、それまで5連勝だった栃煌山を甘く見たのでしょう。相手の腕を手繰りにいくようなぎごちない立ち合いで、右を差され、左も差されて、廻しは取れず。じりじりとそのまま後退して初黒星を喫し、なんと横綱でもないのに国技館に座布団が舞いました。続く13日目、稀勢の里に上手を取られ、強引に下手から掬おうとした瞬間に、腰砕けのように倒れました。二人分の体重がかかって傷めた右膝は全治1カ月の診断。伊勢ケ濱親方の休場の勧めを遮って強行出場した翌14日目は、見た目にも脚が踏ん張れず、相撲になりませんでした。千秋楽には痛みが和らいだとの報道もあり、秋巡業も終盤には参加しました。

 

ただ、膝の怪我が命取りとなって綱を逃がした大型大関は、平成だけでも、小錦、琴欧洲、把瑠都の例があります。秋場所での強行出場が照ノ富士の将来を左右しないことを祈ります。

 

○秋場所でも、10日目までに3敗。稀勢の里には、「ミスターガッカリ」の頭に「不動の」をつけたくなるような心境でした。ところが、13日目に優勝争いのトップだった照ノ富士を破った一戦は、当り合ったあと、サッと右上手を引きつけて一気に寄り進み、相手が腰砕けのように倒れ込む豪快な勝ちでした。

 

格下に負ける時にはあっさりと負け、強い相手に勝つ時には滅法強い。優勝はしないけれど、2桁は勝つ。

 

 当方としては、当てにはできず、さりとて愛想尽かしはできず、付き合い方が難しい名大関?です。

 

 

 

○続いて豪栄道。こちらは「弱い大関」と呼ばざるを得ないでしょう。大関7場所を終えて2度目のカド番ですが、大関昇進後の通算戦績は53勝51敗1休。昇進前の関脇在位連続14場所での戦績はというと、直前3場所は32勝、連続2桁勝利はなし、8敗しての関脇残留が2場所、平均は丁度9勝6敗でした。いまだに「型」を持っていないのですから、大関昇進が間違いだったと言われても仕方ないでしょう。

 

 

 

○お待たせしました、嘉風。前回のお便りで「小さい体で、常に真っ向勝負で挑む心意気は男の子。横綱、大関と総当りになるのが楽しみです」と書いたところ、2日目に白鵬、3日目に鶴竜と2日連続での金星。

 

そのあとも正に変幻自在の取り口で、琴奨菊、豪栄道、栃煌山、妙義龍、隠岐の海と役力士をほぼ総なめにし、秋場所の最高殊勲力士でした。3場所連続の2桁勝利で、年間勝利数では、照ノ富士、白鵬、稀勢の里に続く4位につけました。これまでに獲得した金星4つは、いずれも最近7場所のもの、32歳を過ぎてのもので、引退してもおかしくない年齢になって力強さをつけた小兵力士として史上稀な存在です。

 

金星1つの「持ち給金」の加算は10円で、勝ち越し1つ50銭の20個分(10勝5敗×4場所)です。場所ごとに実際に支給される「給金」は「持ち給金」の4000倍ですから、金星1つで4万円、4つで16万円の昇給になります。「持ち給金」でも第9位に躍進です。   (別紙『持ち給金ランキング』)

 

 

 

○さて、横綱昇進後初めて休場した白鵬の今後はどうなるのでしょう。怪我をした秋場所が始まる前から、「脚に違和感がある」と漏らしていたそうですが、怪我がどの程度のものなのか、また、直る怪我なのか直らない怪我なのか。

 

いずれにしても、今後は、これまでの強さを望むことはできません。

 

別紙 『大横綱の昇進後初休場の前と後』 は、優勝20回以上の大鵬、北の湖、貴乃花、朝青龍の大横綱が、昇進後初めて休場した「前」と「後」で、どう変ったのかの比較です。(唯一遅咲きの千代の富士は外しました)

 

初休場の原因は、大鵬が高血圧、貴乃花が腸炎と内科的、北の湖は関節、朝青龍は肘の損傷で外科的です。

 

優勝率(優勝した割合=優勝回数/在位場所数)は、ライバルの存在に大きく左右されるものではありますが、大鵬が初休場前の625(6割2分5厘・以下同様)から初休場後は452に、朝青龍は737から391へと大幅に落ちました。それにも増して、北の湖は465から何と100へ、貴乃花は727から184へと見る影もない凋落ぶりです。

 

勝率では、大鵬が879から847へ、朝青龍が854から818へと小幅な落ち込みであるのに対して、北の湖は847から685へ、貴乃花は909から769へと大幅に下げています。

 

休みを負けと計算した勝率②で見ますと、北の湖が847から431へ、貴乃花は909から495へと5割を切るところにまで勝率を下げています。初休場後の休場率(休場した割合=休場場所数/在位場所数)が、北の湖は600、貴乃花は447と非常に高いことが影響しています。

 

以上を総括しますと、どの大横綱も例外なく、優勝率においても勝率においても、初めて休場する「前」よりも「後」の方が、成績が大幅に悪くなっています。大相撲の世界には、「怪我をするのは弱いから」という言葉があるそうですが、言いかえれば「弱くなったから怪我をした」ということにもなりましょうか。

 

白鵬の横綱通算勝率は893(平均13.4勝1.6)で、今のところ大鵬の858(平均12.9勝2.1)を大きく上回っていますが、今後は、これまでの強さを望むことはできません。

 

  平成27年10月26日 真石 博之   <追伸>あり

 

<追伸>

 

 

 

○宮城野部屋の熊ケ谷親方が、個人的に雇っていた運転手に暴行した傷害罪で起訴され、懲戒解雇されました。初犯ではなく、5年前に「知人女性に八百長を告白した」と週刊誌に報じられたことで、部屋持ち親方から部屋付き親方への「降格処分」を受け、その際の始末書に、「今後、不祥事を起こせば、解雇もやむを得ない」とあったといわれます。

 

にもかかわらず、9月2日の逮捕から10月1日の解雇処分決定までに1ヶ月、起訴されてからでも2週間かかりました。秋場所前と秋場所中は、相撲人気に水を差すのを懸念して処分発表を遅らせたのでしょうか。

 

 

 

熊ケ谷親方は元金親(一時は月山)。最高位は十両2枚目、本名は金親、北の湖部屋所属でした。

 

年寄襲名の条件である「十両と幕内通算30場所以上」を満たさずに、平成16年に引退。ラーメン屋での修業が決まっていた中で、突然、先々代の宮城野親方(小結廣川・本名山村)の次女と結婚し、娘婿として部屋を継承することになりました。例外規定の「部屋後継者と認定された場合は十両と幕内通算20場所以上(でよい)」が適用された初めての例です。部屋後継者になれたので年寄になれた珍しい例です。

 

 

 

少し複雑ですが、宮城野部屋の流れを説明します。平成元年に廣川の宮城野親方が52歳で急死したあと、平成16年までは、現在の宮城野親方で白鵬の育ての親である竹葉山が親方でした。

 

ところが、その15年間、驚いたことに、竹葉山宮城野名跡(年寄株)は借株で、株の所有者はずっと廣川の未亡人であったことが、この時点になって判明します。そして、突然、金親がその未亡人と養子縁組をし、娘と結婚して、宮城野名跡(年寄株)を取得したため、竹葉山部屋付き親方・熊ケ谷に格下げになりました。

 

結果として、部屋の主は金親、白鵬を指導するのは竹葉山という変則的な形が続きました。

 

その6年後の平成22年、冒頭の不祥事により、協会から「師匠交代」を勧告され、竹葉山が宮城野親方に返り咲き、金親が部屋付きの熊ケ谷親方に格下げになります。そして今回、またまた不祥事を引き起こしたというわけです。そもそも、部屋付き親方が、なぜ、お抱え運転手を雇っていたのかも解せない話です。

 

金親は、年寄資格がなかった自分を年寄にしてくれた妻とは、その後、離婚をしましたが、妻の実家の山村姓のままです。部屋付きというより札付きといったところでしょうか。

 

 

 

平成26年1月30日に、日本相撲協会は財団法人から公益財団法人に衣替えをし、その新しい定款には、「年寄名跡を襲名する者は、年寄資格審査委員会で審査した結果に基づき理事会で決定する」と明記されています。

 

その後に年寄名跡を取得したのは、年寄琴欧洲鳴戸(琴欧洲)、高崎(金開山)、三保ケ関(栃栄)、不知火(若荒雄)、立田川(豊真将)、大島(旭天鵬)、音羽山(光法)、西岩(若の里)の8名ですが、年寄資格審査委員会でどんな審査が行われたのか、ついぞ公表されたことはありません。この8名に金親のような問題はないでしょうが、適正な年寄資格審査が行われることを望みます。

 

以上

 

2015年9月 2日 (水)

9月場所の資料をお送りいたします 真石博之

9月場所の資料をお送りいたします

○5月場所の終盤4日間で3敗を喫した白鵬の不振が、衰えからきたものか否か、注目された名古屋場所。

初日、進境著しい宝富士にてこずり、上手を取れずに棒立ちの防戦が続く1分13秒の長い相撲。2日の高安にも1分43秒の苦戦で、やはり衰えたのかと思わせました。ところが、その後は本来の上手さと強さを取り戻しました。10日目に栃煌山の叩きに敗れたものの、翌日の難敵照ノ富士には、相手に上手を与えず、虎の子の伸びた一枚廻しを放さず、じっくりと攻めきって寄り切り。日本人大関陣に対しては、琴奨菊を2秒、豪栄道も2秒、稀勢の里を3秒で片付けました。千秋楽は、星一つの差で追ってきていた鶴竜が1分近い善戦はしても、負ける気配を感じさせない歴然とした実力差を示す勝負でした。ところで、今一番の楽しみである白鵬・照ノ富士戦を番付通りに早くも11日目に組んだ審判部は無粋でした。

 

○2場所連続全休明けの鶴竜が、最後まで優勝争いに残ったのは上出来でした。照ノ富士の強烈な小手投げを外掛けで防いで寄り進み、相手がこらえるところ、体を開いて掬い投げで転がしたのは、横綱の面目を保つ一番でした。ただ、大関時代に1回しか経験していない優勝となると、力強さに欠けるだけに容易ではなく、幸運で昇進した横綱の前途は厳しいでしょう。もう一人の横綱日馬富士は、初日の妙義龍戦、物言いがつかないのがおかしい星を拾ったものの、肘を怪我して休場。満身創痍の31歳です。ちなみに、7月場所までの今年4場所での勝ち星は、白鵬54勝に対して、日馬富士は33勝、鶴竜は22勝です。

 

○5月場所で「一強時代」の幕を降ろさせた照ノ富士は、両横綱には敗れたものの11勝をあげ、新大関としては立派に合格の成績でしょう。大関経験3年半になる稀勢の里が、左差し右上手の十分な体勢から寄るところを、上手を取れない新大関は下手投げを連発して防ぎ、最後は、押し倒しての完全な実力勝ち。

立場は逆転し、秋場所は東正大関です。千秋楽、結婚披露宴を前にしてカド番で7勝7敗に追い込まれた琴奨菊の立ち合いの変化にあっさりと落ちたのは、ご祝儀なのでしょうが、渡し方が下手すぎました。

 

○28歳と遅きに失した感はあるものの急に相撲が良くなった栃煌山。前半戦は稀勢の里、琴奨菊を降し、照ノ富士に敗れただけ。9日目、「下から下から、じっくり攻めた」と全勝の鶴竜を破ったのに驚いていると、翌日には、これまた全勝の白鵬を破って、優勝争いのトップに並びました。ところが、ここから人が変ってしまいます。豪栄道に首投げを喰い、隠岐の海には小手に振られ、魁聖に4秒で寄り切られ、嘉風に3秒で押し出されました。両横綱を破って殊勲賞は取ったものの10勝止まり。本人は「もったいない相撲が多いので直したい」と言いましたが、根っこにあるのが気の弱さですから、直らないでしょう。

 

○12勝をあげて敢闘賞を手にした嘉風のキビキビした相撲は栃若時代を思い起こさせる爽快なものでした。幕内で3番目に小柄の175cm、幕内平均より15kg以上も軽い145kgの小さい体で、常に真っ向勝負で挑む心意気は男の子です。嘉風の爪の垢を煎じて、立ち合いに変化する巨漢力士に飲ませたいものです。9月場所は、横綱、大関と総当りになるでしょう。活躍が楽しみです。

 

○「馬脚を露した」というべきでしょうか。逸ノ城が4勝11敗と大きく負け越して三役を陥落しました。テレビの解説で二子山(雅山)が「逸ノ城は稽古しませんから。稽古をしないから体重が増えます」と言いました。公の場で他の部屋の力士をここまで言うのは珍しく、恐らく、角界での定評を話したのでしょう。その注目の体重。昨年5月場所前が186kg、9月が199kg、今年の1月が202kg、5月が207Kg。そして、改心して稽古をつんだといわれる夏巡業の後の今場所、減らずに208kgです。

○名古屋場所は、中日を終えた時点で、白鵬と鶴竜が全勝、照ノ富士が1敗のモンゴル勢。対する日本勢は、稀勢の里が2敗、豪栄道は4敗、琴奨菊も4敗。早々と日本人力士の優勝の可能性が消える、相も変らぬ展開となり、終ってみれば、白鵬の35回目の優勝。平成17年以降の10年余りの63場所でモンゴル力士の優勝が60場所。大相撲は完全に「モンゴルの国技」になっています。この間の日本人力士の優勝は、栃東の平成18年初場所だけで、それから間もなく10年になります。  (別紙『外国人力士の優勝』)

 

○旭天鵬が7月場所を最後に引退しました。40歳10カ月。本人が目標にしていた幕内100場所に僅か1場所足りなかったものの、十分すぎるほど十分な長命でした。モンゴル力士1期生として旭鷲山ら5人と一緒に来日したのが平成4年ですから、23年間の力士生命でした。数ある年長記録の中で特筆すべきは、37歳8カ月での初優勝でしょうか。190cmの長身で懐が深く、がっぷりになれば十分でした。ねばって頑張る相撲や力強い相撲はありませんが、背筋力は非常に強く、朝青龍を吊り出しで破ったのは旭天鵬だけです。ただ、上位に対しては概して弱く、7回の三賞はいずれも敢闘賞で、殊勲賞はありません。日本に帰化した唯一のモンゴル関取ですが、母国では国籍を捨てたことへの反発を強く受けたそうです。3年前に定年退職した師匠の大島親方(旭國)の名跡を継ぎましたが、その大島部屋の再興をするのかどうか注目されます。人望のある人で、今後の働きが楽しみです。

 

○9月場所の番付では幕下の若の里も、近々、引退するでしょう。39歳1カ月。固太りの逞しい上半身からの怪力で、上位に強く殊勲賞4回。朝青龍とは通算10勝19敗、白鵬には初顔から6連勝しています。大関昇進のチャンスを2度逃したについては、立ち合いの甘さはさておき、腕が5cm長ければと思います。僅かな年齢の差で旭天鵬ばかりが大きく報道されますが、力士としての格は若の里の方が上です。二人の戦績を比較しますと、いずれも若の里の方が上で、最高位は東関脇と西関脇、三役在位は26場所と12場所、三賞は10回と7回、幕内勝率は5割1分9厘(613勝568敗)と4割7分4厘(697勝773敗)、通算勝率は5割3分9厘(914勝783敗)と4割9分5厘(927勝944敗)の大差です。なお、幕内の勝率が5割を上回っているのは、大関に上れなかった力士としては極めて珍しい好成績です。なぜ珍しいのか。横綱大関が大きく勝ち越すため、関脇以下のほとんどの力士が幕内通算の勝率では5割を切るのです。西岩を襲名する予定ですが、本来は旧鳴戸部屋を継承すべき立場にあった力士。部屋も持つのでしょうか。

 

○旭天鵬、若の里が姿を消した今、幕内の最年長は、いずれも36歳の安美錦、豪風、時天空となりました。横綱大関の年齢を見ると、琴奨菊・日馬富士が31歳、白鵬・鶴竜が30歳、豪栄道・稀勢の里が29歳。いずれも先はそう長くないでしょう。幕内全体でも、42人のうち4割にあたる17人が30歳を越えており、大きな世代交代が近づいています。次の時代を背負うのは23歳の照ノ富士で間違いないでしょう。日本人で注目しているのは最年少関取19歳の阿武咲です。中学横綱のあと、1年生で高校横綱になって直ぐに高校を中退して入門。負け越しなしで十両に昇進、稽古熱心と聞きます。(別紙『年齢順一覧』)

 

○名古屋場所では、北の湖理事長が途中から欠勤しましたが、九重(千代の富士)は初日から欠勤でした。大横綱といえども、体調の悪さには勝てない62歳と60歳。時代の流れを感じます。

 

○お送りした番付などにある体重は昨1日の測定です。幕内の平均体重は163kgで、160kg超が当り前、つまらない相撲が当り前になってしまいました。そんな中で、1kgでも欲しい日馬富士が3kg減ってしまって133kg。再び幕内最軽量で、平均より30kg軽いのは気の毒です。

平成27年9月2日   真石 博之

2015年7月21日 (火)

毎日新聞牧記者、白鵬イジメに反論(羽黒蛇)

 

毎日新聞牧記者、白鵬イジメに反論(羽黒蛇)

 

 

 

牧記者は、白鵬が記者会見で、初場所13日目の稀勢の里の一番に物言いがついたことに不満を述べたことに対する相撲協会とメディアについて、次のように述べている。

 

 

 

「勝負に文句を言うのは品格がない、と白鵬イジメが続いた。

 

品格、品格!と言うけれど、モンゴルと日本では価値観が違う。

 

なぜ、力士が審判に抗議してはいけないのか?

 

相撲協会は古い。

 

相撲ジャーナリズムはもっと古い。

 

2007年、時津風部屋で当時17才の弟子が暴行されて死亡した事件が起こった。

 

そんな古い体質の相撲部屋に若者が入るだろうか。

 

我々は、大相撲を国技と呼ぶのはやめようではないか。

 

新聞の(白鵬)批判は自由だが、メディアが着目すべきは、白鵬が『本当は、肌の色は関係ないんだ。同じ土俵に上がって髷を結っていることになれば、日本の魂。みんな同じ人間です』と言ったことだ、と僕は思った。」

 

 

 

羽黒蛇感想:力士が審判を批判するのは品格はないと思うが、横綱が品格ない行為をしても、「私はそういう横綱を見ている」と思うしかない。

 

力士に品格があって欲しいと望むファンの立場としては、日本人力士でも外国出身力士でも、同じ。

 

 

 

白鵬バッシング一色にメディアは染まったので、審判を批判してもよい、という意見があってもよい。批判なくして向上なし、なのだから。

 

一般紙の相撲記者は、相撲一筋ではなく、他のスポーツも担当している(してきた)だどうから、力士を聖人として見る伝統的相撲ジャーナリズムと、他のスポーツの差は感じているのだろう。他のスポーツでは、審判の判定に対する疑問が競技者から出るのはよくある話。

 

 

 

牧記者に反論するとしたら、「相撲はスポーツではなく、日本の伝統文化だから、審判を批判してはならない」、というのが筋道が立っている。

 

 

 

羽黒蛇

 

2015年7月 7日 (火)

7月場所の資料をお送りいたします 真石博之

7月場所の資料をお送りいたします

―“薫風の墨田を渡る触太鼓”―  一年6場所の中で群を抜いて爽やかなのが夏場所です。その夏場所で、歴史が大きく動きました。「白鵬一強時代」が幕を降ろしたのです。まずは初日、逸ノ城に小手に振られ、あっさり両手をつく1.9秒のまさかの黒星。白鵬が序盤の5日間に負けることは殆どなく、26回に1回の割合です。横綱47場所、序盤の235番で9回目の負けでした。

 5日目の安美錦戦では、楽に勝負を決められる好機を再三逃がしての大苦戦。しかし、その後は立ち直って、11日目の強敵・照ノ富士も難なく降しました。ところが12日目、豪栄道のこれしかない首投げに一瞬早く右肘が土俵につきました。ショックなのか、物言いを催促したのか、土俵上での礼をせず、土俵を下りても茫然と立ったままで控えになかなか座りませんでした。

 それでも、いつも通りに、星一つをリードして7連覇をたぐり寄せていた14日目、稀勢の里の突き落としを喰いました。豪栄道戦同様に、廻しを取らずに出ていった失敗でした。そして、翌千秋楽、横綱対決で日馬富士の逆襲に遭って万事休す。逸ノ城戦の負けは交通事故としても、安美錦戦でのもたつき、それに終盤4日間での3敗。前廻しを取って出る得意のカタは影をひそめ、バタバタとした相撲が目立ち、斜陽の白鵬を感じました。「目が濁った」という絵師の指摘が気になります。

 

○初優勝の照ノ富士は、力では完全にNo.2になったと感じます。「三役2場所での大関昇進は時期尚早」との四角四面の論もありますが、3場所で33勝、準優勝の次に優勝、もっと強くなることは誰の目にも明らかなのですから、私は昇進に賛成です。191cm、178kgと身体に恵まれ、ふところが深く、膝が柔らかいのも強みです。劣勢を挽回する時に際立った怪力が、攻めにも出るようになりました。左上手を引いて右のカイナを返しての寄りは誰も残せないでしょう。

 

 超一流になるには、どの競技にも共通する身体能力の高さが必要ですが、クラッシュという格闘技でいきなり世界3位になったといいますから、本物でしょう。白鵬の父の勧めでモンゴルで相撲をはじめ、鳥取城北高校に入ったのも白鵬親子の骨折りとのこと。ここで、名門高をインタハイで初優勝に導き、すぐに間垣部屋に入門。ところが、親方(二代若乃花)が病身で稽古指導はなく、経済的にも苦しく食事も不十分だったとか。その部屋が閉鎖され、伊勢ケ濱部屋に移ってから急成長します。恰好の稽古相手に恵まれ、安美錦という優れた助言者を得たのです。「好きではないけど稽古はやるもの」と決めている本人は、春巡業でも一番の稽古量だったと尾車巡業部長が言います。幕内で3番目に若い23歳。天狗になる心配は、部屋にいる横綱親方と現役横綱が重しになるでしょう。

 

○その日馬富士の佐田の海への金星の提供は、取り直し後の横綱の負けで、まずは聞いたことがない話です。そして、玉鷲の突き落としに続いて、臥牙丸に簡単に押し出されて大喜びされてしまいました。2場所続けての金星3つの配給はいただけません。千秋楽に白鵬を降して辛うじて横綱の面目を保ったでしょうか。

 

○稀勢の里は場所前の二所ノ関一門の連合稽古で琴奨菊、逸ノ城を寄せつけない強さを見せたそうですが、4日目、栃ノ心に左を差して攻めたものの、足が出ずに突き落とされ、翌5日目には、妙義龍に思い通りの相撲をとられ、成す術もなく連敗しました。照ノ富士にも、日馬富士にも完敗を喫し、ミスター・ガッカリ as usual。白鵬を降して、久し振りに優勝戦線を面白くしたのだけが、せめてもの救いですか。

 

○琴奨菊、豪栄道も稀勢の里と同様に5日までに2敗。日本人大関の弱さを早々と見せつけられる展開は、毎度毎度、まことに身体によろしくありません。照ノ富士に完敗した琴奨菊を北の富士が「力関係は逆転した」と評しましたが、全く同感。大関22場所目にして5度目の角番です。一方の豪栄道は、白鵬を破った相撲で肩を亀裂骨折し、骨折休場は三度目。大関在位5場所で37勝37敗1休です。

 

○横綱と対戦する幕内上位の健闘が目立ちました。5場所連続して上位に座る宝富士と2場所目の佐田の海が、力をつけたことを実感させる相撲をとりました。また、連続4場所休場して幕下55枚目まで落ちた栃ノ心が西筆頭まで戻っての9勝。東筆頭に据え置いたのは酷な話で、小結を3人にすべきと思います。

 

○話変って、音羽山(貴ノ浪)。大病をしたことは聞いていましたが、まさかの訃報でした。技術面での鋭い指摘を人柄そのままにソフトに語る解説は魅力的でした。一門を越えて惜しむ声が上ったのは人望の証しです。昔、お相撲さんは短命の代表でしたが、今や様変わりで、別紙「年寄の退職」にある通り、平成に入って退職した年寄86人の中で、死亡退職は12人だけ。その中で、43歳と一番若いのが音羽山です。

 

○さて、日本相撲協会に所属する「相撲人」の数を部屋別にしたのが、別紙『部屋・一門別在籍人数』です。3月場所現在の数字ですが、この時期が一年間でもっとも人数が多く、年末に向けて減少していきます。総員921人のうち、力士が661人、力士以外が260人です。ちなみに、力士の人数が史上もっとも多かったのは、若貴人気の平成3年5月場所で、今より300人近く多い943人でした

部屋数、関取数、力士数、年寄数、総人数のどれをとっても、出羽海一門が他の一門を大きく上回っており、二所ノ関一門、伊勢ケ濱一門が、それに続きます。独立して6年目の貴乃花一門が最小の規模です。

まずは力士以外。人数が一番多いのは年寄の98人(空席9)です。一年おきの理事選挙は、年寄の数によって一門間で争われますが、人数が多い部屋は、出羽海一門の春日野(栃乃和歌)の7人、出羽海(小城ノ花)と藤島(武双山)の5人、続いて二所ノ関一門の、佐渡ケ嶽(琴の若)と二所ノ関(若嶋津) の5人です。

行司、呼出し、床山の3つの専門職は全体で50人前後ずつです。行司あるいは呼出しが3人以上もいる部屋が7つありますが、その多くは、必要だからではなく、他の部屋を吸収合併したからです。一日も欠かせないのが床山で、鏡山を除くすべての部屋にいます。若者頭と世話人は協会と部屋の雑務をこなし、給与は協会から支給されます。これがいない部屋では、自費でマネジャーを抱えることが多いようです。

さて、力士のうち、一年間に最低でも1500万円が支給される十両以上の関取は70人。一方、年間に100万円未満しか支給されない幕下以下が約600人です。いわば、スターと大部屋俳優の関係です。ただし、衣食住が保証されている分だけ、大部屋俳優よりは恵まれているでしょう。

 

 横綱から入門したての新序までの力士全体の人数がもっとも多い部屋は、佐渡ケ嶽と木瀬(肥後ノ海)の36人、それに次ぐのが28人の玉ノ井(栃東)、伊勢ケ濱(旭富士)、八角(北勝海)、27人の春日野です。

20人以上の力士がいるのは、43部屋のうち9部屋にしかすぎません。(前回のお便りで『44ある相撲部屋』と書きましたが、43の誤りでした。訂正いたします)

一方、力士が10人未満の部屋が8部屋もあります。開設まもない浅香山(魁皇)、武蔵川(武蔵丸)は致し方ないとして、鏡山(多賀竜)の所属力士が2人、井筒(逆鉾)が4人、片男波(玉春日)が6人、伊勢ノ海(北勝鬨)と鳴戸改め田子ノ浦(隆の鶴)が9人など、由緒ある部屋が、ここに名を連ねるのは寂しい限りです。

大相撲の世界でも、一般社会と同様に、学年の変り目にあたる、この3月場所での入門者が圧倒的に多いのですが、それが別紙の「新序」の欄です。今年3月場所での入門者は42人で、25の部屋に万遍なく分散しています。ただ、貴乃花一門の4つの部屋には一人も入っておらず、気になるところです。

  最後に、幕内力士が一番多い部屋は、伊勢ケ濱と境川(両国)の5人です。十両以上の関取の数となると、6人の木瀬が最多で、関取に一番近い幕下の数でも13人で断然トップです。学生相撲出身の力士が多い木瀬部屋のもう一つの特徴は、徳勝龍、常幸龍、徳真鵬、希善龍と、戒名のような四股名が多いことです。

四股名なのに、出身地など本人の特性を表さず、音(おん)を聞いても字がまったく想像できず、もっともらしい漢字を三つ並べただけの無粋です。こういう四股名は、「徳勝龍居士!」「常幸龍居士!」と呼び上げたらどうでしょうか。                  平成27年6月29日   真石 博之

2015年6月15日 (月)

白鵬や親方になれるのか(羽黒蛇)

 

白鵬や親方になれるのか(羽黒蛇)

 

 

 

白鵬が好ましくない言動や行動をとり始めたのは、日本国籍をとらなくても一代年寄となると思っていたのに、それが実現しないから、

 

白鵬はモンゴル国籍を捨てることができないから、今のままでは引退すると親方となれない。という説が週刊誌に載っていた。

 

 

 

申請すれば取れる日本国籍を申請しないのだから、情況としては白鵬はモンゴル国籍を変えないようである。

 

白鵬が親方になれるのか、相撲の中でも賛否両論。自分の周りの意見の傾向は、深い相撲ファンほど、「親方の条件として日本国籍」を白鵬のために変えてはいけないという意見。

 

 

 

普通の相撲ファンの多くは、白鵬の功績を考えると、彼にだけモンゴル国籍のまま親方となることを認めてもよいという意見。

 

若乃花、曙、朝青龍と横綱が親方とならずに相撲協会を去るのは、ファンとして残念。白鵬が親方になれなければ、本人も、ファンも、将来の相撲協会にとっても大きな喪失。

 

 

 

相撲協会の親方が外国国籍だと、いかなる問題が生じるのだろうか。

 

外国籍では、相撲協会の目的である「相撲を文化として伝承、発展させる」ことができないからなのか。白鵬が、「相撲を文化として伝承、発展させている」第一人者である事実より、この前提は否定される。

 

 

 

相撲協会は、公益法人で、税制上の優遇を受けている、言い換えると国民の税金で運営されているから、その構成員は日本国籍でなければならないのか。法律的な論議をする力は私にはないが、日本国籍でも税金を食い物にする人物はいるだろうし(例:相撲協会小林顧問)

 

 

 

外国籍でも能力があれば、税金を使うにふさわしい仕事ができる。

 

私のイメージは公務員としての外国人ではない。建築や美術に税金が使われる時に、日本人の作品でないと採用不可となるのだろうか。そうではない。

 

白鵬の親方としての能力は後者にあたる。

 

 

 

後知恵であり、結果論であるが、新公益法人を申請する時に、「親方は日本国籍を条件とするが、相撲協会が功績を認めた力士は例外として外国籍でも親方になれる」という変更を、そっと入れておけばよかった。

 

白鵬の態度が悪印象となった今、このような変更はわざとらしくて、やりにくい。

 

 

 

羽黒蛇

 

2015年6月14日 (日)

いわゆる白鵬問題について、思いつきの文章(羽黒蛇)

 

いわゆる白鵬問題について、思いつきの文章(羽黒蛇)

 

 

 

私は相撲協会はこうあるべきという意見を持っているが、

 

横綱は、力士は、こうあるべきだと発想がない。

 

白鵬が稀勢の里との一番で、「明らかに自分が勝っていたのに物言いがついたのは不当」と審判批判をした時に、単に「白鵬はそう思ったんだ」と思ったが、白鵬を批判する気は起きなかった。

 

 

 

横綱は、力士は、こうあるべきだと発想がない。

 

だが、こういう横綱や、力士が好ましいというて欲しいという想いはある。

 

審判批判する力士より、しない力士が好ましいし、

 

ガッツポーズする力士より、しない力士が好ましい。

 

所作がいい加減な力士より、所作に忠実な力士が好ましい。

 

 

 

朝青龍がガッツポーズをしても、彼はそういう横綱なのだという事実を受け止めるだけ。ガッツポーズして欲しくないけど、非難する気持は起きない。

 

白鵬が審判批判をしても、彼はそういう横綱なのだという事実を受け止めるだけ。審判批判をして欲しくないけど、非難する気持は起きない。

 

 

 

外国人力士は、相撲の伝統を理解していないと批判されるが、外国人力士にも相撲の伝統をふまえている力士はいる。一方、日本人力士でも、相撲の伝統を理解せずに、不適切な言動や行動をとる者はいると想像する。

 

今現役の日本人関取にいないとしても、将来は出るという前提で制度設計すべきだろう。

 

 

 

外国人だからと特別視しないで、全力士に対する伝統の継承と教育が必要なのである。

 

その際に、常識や暗黙知を前提としないで、やるべきこと、やってはいけないことを、文書化した方がよい。

 

勝った時に、ガッツポーズをしてはならない。

 

負けた時に、物言いはつかないのかという視線禁止。

 

審判の判定については、審判部に異議を唱えることはできるが、マスコミを含め外部に表明すること禁止。

 

巡業を休んだ時はサッカー禁止。

 

休場した時はサーフィン禁止。

 

朝青龍が引退に追い込まれた理由を禁止する表現が難しい。暴力をふるってはならない、と書くのがよいのだろうか。

 

 

 

話を白鵬に戻す。

 

朝青龍が引退して白鵬が一人横綱として相撲界を支えていた頃は、品行方正な相撲の伝統に忠実だというイメージがあった。今はない。好印象の白鵬も、悪印象の白鵬も、どちらも真実の(本当の)白鵬である。

 

 

 

私は、横綱は品格がなければならない、とは考えない。

 

品格のある横綱も出現するし、品格のない横綱もいる。横綱に品格があれば、素直に喜ぶ。横綱に品格がなければ、嘆いたり批判しても無駄なので、品格なき横綱の相撲を見るだけ。

 

 

 

私の相撲を見方は、相撲・横綱・力士はこうあるべきだという前提はなく、あるがままを見るだけ。

 

その一方で、こういう相撲が面白いからもっと見たい、こういう力士を見たい、こういう横綱であって欲しい、という想いはある。

 

白鵬については、羽黒山のように、長く横綱をつとめて欲しい。

 

 

 

羽黒蛇

 

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