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2015年11月15日 (日)

立合い変化、一瞬で勝ってしまうから面白くない。一瞬で負けるのも面白くない。(羽黒蛇)

 

立合い変化、一瞬で勝ってしまうから面白くない。一瞬で負けるのも面白くない。(羽黒蛇)

 

 

 

8日目、照ノ富士が立合い変化するも、豪栄道が一気に勝つ。徳勝龍も変化して、宝富士に一気に寄られる。変化した力士が一気に負けてしまう相撲は、昔は多かったが、今は少なく珍しい。逆に、変化された力士が一瞬で負ける相撲は、昔は少なかったが、今は多い。

 

照ノ富士の敗因は変化が中途半端だったから。

 

 

 

20149月場所、逸ノ城が、11日目稀勢の里、13日目鶴竜と立合い変化で勝った。中途半端ではなく、思い切って変化していた。その後停滞している逸ノ城を見ると、弱い力士が、強い大関・横綱に勝つために、立合い変化したと言える。

 

 

 

弱い力士が、強い力士に立合い変化した代表例が、9月場所14日目の横綱鶴竜と大関稀勢の里の一番。番付は鶴竜が上だが、強さは稀勢の里が上。かつ、鶴竜は稀勢の里に対して相性が悪く、立合い当たっていったら勝てない。変化しないと勝てないのに、変化しなかったら、わざと負けたことになる。

 

 

 

相撲はスポーツではなく美術品だと解釈すると、横綱が立合い変化するのは美しくないから不可である。勝負より、美が優先される。鶴竜の立合い変化を非難した相撲ファンは、負けてもよいから立合い変化しない横綱を求める。勝負を度外視する「相撲を美術として鑑賞する」ファンが多いのは意外である。

 

 

 

私は相撲の「美しさ」と「面白さ」の両方が好きだ。しかし、「美しさ」より「面白さ」を求める。立合い変化に対する優先順位は次の通り。

 

一番:両者変化せず面白い相撲。

 

二番:立合い変化したが面白い相撲。

 

三番:両者変化せず、つまらない相撲。

 

四番:立合い変化、相手は一瞬でバッタリ。

 

 

 

鶴竜と稀勢の里の対戦、鶴竜が一方的に負ける相撲が多い。そんな相撲を見るくらいなら、鶴竜が変化して攻防のある相撲の方が面白い。14日目国技館で観戦したが、つまらない相撲でなかったのに満足。鶴竜変化を非難する気持はわかなかった。

 

鶴竜は開き直って、稀勢の里戦は毎場所変化したら如何?

 

 

 

私は鶴竜が変化しなければ稀勢の里に勝つ確率3割、変化すれば6割程度とみている。従って、「横綱だから変化してはいけない」という意見には、「鶴竜は稀勢の里に、わざと負けなさい。八百長しなさい。」と聞こえる。

 

 

 

横綱鶴竜、大関稀勢の里という番付に惑わされているファンが多い。横綱より強い大関は歴史的にも多い。

 

鶴竜は(稀勢の里より相対的には)弱いが、取りこぼしが少ないので成績は稀勢の里よりよい。その結果、鶴竜が横綱、稀勢の里が大関と、番付が逆転している。日馬富士は横綱になった当時より力が落ちたので、今は稀勢の里の方が強い。

 

相撲の強さは、番付や勝ち数だけではない、故に面白い。

 

 

 

9月場所、鶴竜は、栃煌山戦も立合い変化した(一瞬で勝つ、つまらない相撲)。これも、弱い鶴竜が、強い(稀勢の里ほど強くないが実力者であり、鶴竜がまともにいったのでは負ける可能性が高いという意味で強い)栃煌山に変化したのだから、私は非難しない。私が非難するのは一瞬で負けた栃煌山。

 

 

 

立合い変化で、変化した方が勝つのは、変化された方が警戒していないから。

 

立合い変化を警戒しないで、変化して負けるのは、相手が変化した時に備えた稽古をしていないから。

 

相手が変化した時に備えた稽古をしないのは、変化する力士が少ないから。

 

 

 

変化する力士が少ないのは、師匠が「変化するな」と指導するから。

 

師匠が「変化するな」と指導するのは、その方が強くなるから。

 

以上の悪循環により、一番相撲で変化して楽勝する力士が得をする。

 

 

 

「変化するな」という指導が、結果として、美しい相撲をファンに見せている面はある。しかし、相手が変化しないという前提で、立合いの馬力・体力増強に力を入れる力士が増えて、(立合い変化しない、と言う面では)美しいが、技のない「面白くない」力士が増えたという弊害もある。

 

 

 

私は、外国人力士が制限されていることに、賛成も反対もしないが、モンゴル力士の方が、日本力士よりも、相対的に、技のある「面白い」力士が多い。

 

もし、モンゴル力士が一人もいなかったら、魁皇も稀勢の里も横綱になっただろうが、体力優先のつまらない相撲が増えたであろう。

 

 

 

日馬富士と鶴竜が、横綱になっても、頻繁に立合い変化することに対して、「日本人なら変化しない」「モンゴル人には相撲の心は分からない」「師匠が教えないから協会幹部が教えるべきだ」という意見がある。

 

 

 

私は、極論であるが、日本人の相撲の心の分からないモンゴル力士は頻繁に立合い変化して、「くやしかったら、立合い変化を想定した稽古をして、変化されても勝ちなさい」と、日本人力士を諭して欲しい。

 

変化されても攻防のある相撲が見たいから。

 

体格だけで技のない力士は好きではないから。

 

 

 

羽黒蛇

 

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コメント

で、白鵬の「猫だまし」なんですが、
アレは日本人だろうが、モンゴル人だろうが、なに人だろうが理解できない。

なぜ栃煌山相手に猫だましが必要なのか、
勝負がついた後の肩ポンも、不気味な笑顔も理解できない。

だれか合理的に説明できる相撲関係者、でなくてもイイや、いないですか?

白鵬の勘違いしたファンサービス?ツイッター始めたんでネタ作り?

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